第2回 栗田勝実 助教授
「阪神・淡路大震災から10年〜この10年で見えてきた地震防災とその課題」




5月31日、千葉科学大学危機管理学部「サテライト講座」の第二回として、同大学防災システム学科助教授の栗田勝実氏による講演が行われました。
1.阪神・淡路大震災で見えた問題点

 戦後最悪の地震災害を引き起こした平成7年の阪神・淡路大震災(正式名称:兵庫県南部地震)では、それまで考えられていた地震防災対策のさまざまな問題点が露呈しました。

そのひとつとして、「関西では地震が起こらない」という根拠のない神話が信じられていたことが上げられます。実は、あの地域には活断層がたくさんあって、過去には大きな被害を伴った地震も何回か起きています。ところが、関西地域では体に感じる有感地震の回数が少ない状態が長年続いていたことや、1946年の南海地震以降48年間、死者を伴う地震がなかったことがなどが原因となって「関西は地震が起きない」という誤った認識を生むことなったのです。その結果、地震対策に対する危機管理に完全にゆるみが生じ、大惨事を招いてしまったわけです。

 もうひとつの問題は、日本の安全神話の崩壊です。阪神・淡路大震災のちょうど1年前、アメリカのロサンゼルスで起きたノースリッジ沖地震では、高速道路が落ちて交通網が遮断され、電気・ガス・水道などのライフラインも寸断されました。近代的な大都市が大地震に襲われた時どうなるかというケースを目の当たりにしながら、「日本は安全だ」とこの時もまだ言われ続けていました。ところが、1年後、日本でも同じことが起きてしまったのです。ロサンゼルス大地震の時、「日本の高速道路は、大地震があっても橋梁は落ちない」と言われていましたが、実際には、阪神高速道路だけを見ても高架橋が倒壊し、落橋は5か所、全被害は300か所にものぼりました。

 ここから私たちが学ぶべきことは、地震防災を考える前提として、大震災はいつどこで起きるかわからないという認識をもたなくてはならないということ、高層ビルなどの重要構造物の安全を確保するためには、被災した建造物の実況と建造された時の設計震度を十分に比較・検討する必要があるということです。


2.進化する地震防災

 阪神・淡路大震災からこの10年間、地震防災は着実に進化してきました。

 具体的には、地震ハザードマップ(今後想定される地震が発生した場合、地域ごとの揺れの大きさを予測して表示した地図)の公表や免震建物(地盤と建物の間に「免震装置」というクッションをおいて絶縁し、地震の衝撃を吸収する建物)の普及が上げられます。

 たとえば横浜市では、阪神・淡路大震災の直後にいち早く地震ハザードマップを導入しました。横浜市がこれを公表した目的は、近い将来、横浜市に大きな影響を及ぼすと想定される地震に備え、市民の防災意識の高揚と、古い木造住宅の耐震補強や建て替えを促進するためですが、結果的に市民の防災意識の向上の点で効果が上がったと聞いています。

 免震構造の建物に関していえば、一般の建物に比べて揺れが小さいため安心感があるとされています。実際の効果は、昨年の新潟県中越地震の時に試されました。小千谷市のある老人保険施設で、上の階は下の階に比べて揺れが低減されていたことがその時のデータで証明されました。震度7の揺れにもかかわらず、家具の転倒や落下がほとんどなく、室内は地震前の状況と変らなかったことから免震建物の有効性が示されたのです。


3.この10年間で起きた地震による被害

 ところで、昨年発生した新潟県中越地震のケースでは、新潟県から自衛隊に災害派遣要請が出るまでに地震発生から4時間半が経過していました。地震発生直後には、初動体制の確立と正確な情報の把握という点が一番の課題となります。

 小千谷市でも緊急の時の電話による連絡網は整備されていましたが、地震で電話線が寸断され、実際にはこの連絡網はまったく機能しなかったわけです。これは、阪神・淡路大震災の時も同じでした。こうした経験をもっと活用して、災害種類を想定し、多少費用がかかってもすぐに動かせる通信手段を確立しておくことが必要です。

 また、平成15年に起きた十勝沖地震の時には、苫小牧にある石油タンクが破損し火災が起きました。水を入れたバケツを小刻みに揺らしても水面は波立ちませんが、ゆっくり揺らすと大きく波立ち水が飛び出してしまう(スロッシング)ように、周期が数秒から十数秒の比較的ゆっくりした地震の揺れの場合、石油タンクが破壊されるような大きな被害に結びつくのです。やや長周期地震動が起きた場合、超高層ビルや石油タンク、長大橋など固有周期(建物が大きく揺れる周期)の大きい建物ほど大きな被害が出ることを想定して対策を考えておくべきでしょう。


4.今後の問題点は何か

 今後の地震災害対策の課題は、過去の事例を見直し、再度検討して、将来起きると想定される災害防止に役立てるということに尽きる思います。また、旧来の「民救済と復旧・復興作業の援助」という考え方から「地震に強い町づくり」への意識の転換が必要です。

 大規模災害では、警察や消防をはじめとする行政の救援・救護活動にはどうしても限界があります。警察や消防の方の人数は限られているし、当然彼らも被災しているわけです。何かあったときに動く役割をもった人でも被災者であるということを認識しなくてはなりません。阪神大震災後には、よく「自分の身は自分で守れ」という言葉が聞かれました。別の言い方をすれば、私たち市民一人ひとりが、防災に対する危機管理意識の向上を図らなければならないということです。

 地震防災は着実に進歩していますが、人間の生活レベルが向上していけば、それに伴ってまたどうしても新たな問題が出てきます。だからこそ、過去の事例を見直して今後の防災対策に活かし、自分たちの町は自分達で守るという考え方に立って地震に強い町づくりを目指していくことが大切なのです。
このあと、参加者との質疑応答が活発にかわされ、講演は盛況のうちに幕を閉じました。



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