第3回 嶋村宗正 主任研究員
「シートベルト着用と交通事故における傷害」




6月28日、千葉科学大学危機管理学部サテライト講座の第3回として、元交通事故総合分析センター研究部主任研究員の嶋村宗正氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
● 死傷者数の推移と現状

 シートベルト着用者の数は、一般道路でのシートベルトの着用が義務化された1986年〜87年に飛躍的に増加し、その後、現在にいたるまで着実に上がってきています。一方で、車に乗車中の交通事故による死傷者の数も年々増え続けています。シートベルトの着用者が増えているにもかかわらず、死傷者数が減らないのだから、シートベルトの着用は無意味ではないかという方がいるかもしれません。しかし、ベルト着用者と非着用者の致死率を比較してみると、ベルト着用者の場合、交通事故全体の0.3%なのに対し、非着用者は2.5パーセントとなっています。つまり、ベルトを着用していなかった人は、ベルトを着用している人と比べて10倍近く死亡率が高くなっているのです。この結果から見れば、ベルトを着用することによって、重大な傷害を受ける人の数は確実に少なくなるということがお分かりいただけることと思います。

 シートベルト着用の現状をもう少し詳しく見てみましょう。普通乗用車の場合、事故で死亡した人の着用率は運転者が40%、助手席同乗者もほぼ同じで40%、後席同乗者が10%となっています。一方、死亡を除く傷害を受けたケースでは、運転者が90%、助手席同乗者が80%、後席同乗者は20数%となっています。


● ベルト着用による乗員の傷害軽減効果

 それでは、シートベルトには実際にどのような効果があるのでしょうか。
 第1に、衝突の衝撃によって乗員の体が車内で移動する量を減らし、イーストパネル、ヒーター、ガラスといったさまざまな車室内部品と衝突するのを防ぐ効果が上げられます。第2に、車室内部品と体が接触するにしにても、衝突速度を下げて衝撃を軽減することができます。第3は、車外放出防止効果です。側面ドアの窓が開いていたりすると、衝突の衝撃で人の体は簡単に外に投げ出されてしまいますが、ベルトを着用していればそれを防ぐことができます。ある有名人が東名高速を走行中に事故を起こした時、たまたま車外放出して助かったことがありました。記者会見で「シートベルトをせずに走っていて、車外放出したから助かったんだ」という言い方をしていましたが、これはとんでもない間違いです。このケースは、特殊な例であって、通常は車外に投げ出され、コンクリートに頭から落ちれば、間違いなく死傷します。ですから、間違っても車外放出で助かるという考え方はしてはいけません。第4に、乗員の挙動抑制効果が上げられます。これは、ベルトを着用すると体の向きがある程度固定されるため、車体に変な体勢で衝突することがないということです。

 シートベルトによる傷害の軽減効果は、車両の重量や事故当時の速度、乗員の人数などによって変ってきますが、最も効果が現れるのは正面衝突の場合です。たとえば、ボンネット型乗用車で車両重量や速度、運転者の年齢、性別等すべて同じ条件で、ベルト着用をしていなかった人が着用することによって、運転者の場合、死亡重傷者数が49%まで減少することが分かっています。


● ベルト非着用後席乗員と前席乗員の傷害

 ところで、多くの方は家族や友人を後席に乗せたときシートベルトを着用させることはないでしょう。近年ベルト着用率は、運転者の場合で95〜96%、助手席同乗者も95%を少し上回るようになっています。ところが、後席同乗者の着用率はなかなか上がらないのが現状です。それでは、車が正面衝突を起こした場合、後席の人がベルトを着用していないとどのようなことが起こるのでしょうか。車が衝撃を受けて停止しようとした瞬間、人の体はそのままの速度で車の前方に移動します。衝撃が小さければ、前席に接触する程度で済みますが、衝撃が大きくなれば、前席を倒してインストルメントパネルにぶつかったり、ひどい場合は、前席を越えてフロントガラスに到達することもあります。また、後席乗員が前席乗員に接触して運転者や助手席の人が怪我をする、後席乗員が接触し前席乗員が前方の車体部品にぶつかって怪我をする、後席乗員が接触して、前席乗員が前後から圧迫されて怪我をするといったことも起こり得るのです。

 実際にあったケースをご紹介しましょう。運転者と助手席の人はベルトを着用していましたが、助手席の後ろに座った同乗者はベルトを着用していませんでした。衝突の瞬間、後席同乗者が助手席に接触したため、助手席の女性が前方に押され、腹部がラップベルトで圧迫されて小腸穿孔の重傷を負ってしまったのです。このように、後席の人がベルトを着けていなかったために、前席にいる運転者や助手席の人が重傷を負ったり、死亡することは少なくありません。後席乗員のベルト非着用は、自分自身が受ける傷害を助長するばかりでなく、前席の人への傷害を大きくしてしまう危険性があるのです。後席同乗者がベルトを着けない大きな理由のひとつは、シートベルトの必要性をきちんと理解していないからでしょう。自分は事故に遭うはずがないという根拠のない信念や、後席は安全だという誤った認識を持っていたり、後席でのベルト着用は窮屈だし、面倒で嫌だという方も少なくありません。今後、こうした状況を改善していくためには、事故の存在と現実を正しく伝え、車に乗る以上、事故は誰にでも起こり得るものだという危機意識を向上させなければなりません。また、シートベルトの効果や必要性について繰り返し教育し、後席でのベルト着用を喚起していくことが必要だと思います。
交通事故というきわめて身近な問題なだけに、講演後も会場からは質問が相次ぎ、予定時間を大幅に延長して終了しました。



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