第4回 鳥越俊太郎 氏「危機管理のあり方」



7月19日、千葉科学大学危機管理学部「サテライト講座」の第4回として、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
● メディアにおける危機とは

 メディアの最大の危機は「誤報」です。企業や職種によって、危機のあり方はさまざまですが、新聞社という企業にとって致命的な危機が訪れるのは、「誤報」をした時、つまり記事の内容が間違っていた場合です。危機管理の最大の要諦は何かと聞かれたら、「逃げたらあかん」ということです。何かトラブルが起きた時には、まず、事実を把握することです。また、そのトラブルによって誰かに迷惑をかけたり、被害を与えていたらきちんと謝罪し、原因は何なのかを究明して明らかにすることが必要です。また、再発防止のためにどんな手を打つのかということも考えなくてはなりません。

 私が最初に誤報の問題に触れたのは、デューク大学のビル・グリーンという教授に招待され、インターンとしてアメリカにいた時です。1980年、ワシントンポストのジャネット・クックという女性記者が、「少年までに及ぶ麻薬被害」というキャンペーン記事を連載していました。ジミーという8歳の少年が麻薬漬けになっていて、母親もジャンキーだというような記事をシリーズで書いたところ、一大センセーションを巻き起こし、彼女はピューリッツァー賞まで受賞したのです。ところが、公表された彼女の略歴の詐称から端を発し、最終的にその記事が完全に彼女の頭の中で作られた架空のストーリーだったことが分かったのです。これに対処するため、ワシントンポストは、新聞記者出身で当時オンブズマンをしていたビル・グリーン氏にすべてを任せることを決断しました。このトラブルについて社内の関係者に取材してもらい、なぜこういうことが起きたのか、誰がどういう判断ミスをおかし、誰がこういうことを許したのか、本人の動機も含めて、架空のストーリーが堂々と新聞の記事となっていくプロセスのどこに問題があったのかを明らかにし、すべて実名入りで記事にするよう依頼したのです。ビル・グリーン教授本人から聞いたのですが、4日ほどかけて取材し、ワシントンポスト紙の全面4ページ、フロントページを入れて5ページの記事にしたそうです。世界の新聞史上で、自社で起きた誤報の原因や背景、関わった人物、再発防止のためにどうしたらよいのかをここまで徹底して検証した記事はおそらく最初で最後といってもいいでしょう。


● 隠さず誠意をもって対処することが最大の危機管理

 私自身もサンデー毎日の副編集長の時に、誤報問題を経験しています。当時、フィリピンから日本に出稼ぎに来ている女性があちこちで売春行為をしていました。彼女たちがフィリピンに帰ってから、エイズであることが分かったという外部ライターの記事を、スクープ記事として載せたのです。しかしこれが、でっち上げの記事だったことが後々分かったのです。この時、私は徹底的に調査して、それこそ自分のミスもさらすつもりで誤報を検証すれば、活路は見いだせるだろうと上に進言しました。そして、ご自身のエッセイ集の中でワシントンポスト紙のジャネット・クック事件の対応のことに触れていた柳田邦男さんに検証記事を書くようお願いしたのです。柳田さんはビル・グリーンと同じように、編集長、デスク、担当記者、ライター本人などに取材し、8ページにわたる検証記事を書いてくださいました。当然、担当者だった私がいかに大事なところで判断ミスをしたかということも実名で出ています。検証記事の掲載には、賛否両論の反響がありました。新聞社はひどいことをするもんだという非難の声も4割ほどありましたが、後はここまで自らの恥をさらけ出してまでよくやったというお褒めの言葉をもらいました。ある本屋さんからは、「編集部の勇気を買って、これからはサンデー毎日を一番、店の正面の目立つところに置きます」とのお電話をいただいた時には、あぁやって良かったなと心から思いました。

 メディアが誤報をした時の危機管理は、これしかないだろうというのが私の実感です。最終的には、トップが腹を決めて、辞める覚悟でやらないと、危機管理はできないと思います。誰か一人でも逃げたり、隠れたり、ごまかそうとすれば、危機管理は機能しません。危機管理においては、「逃げない」「正直に」「誠意をもって事に当たる」ということが何より大事です。私たちニュースの職人の仕事は、真実を手にすることはできません。真実は神しか知らないものですから。しかし、真実に一歩でも近づこうとする努力はできます。そして、真実に一歩でも近づこうと努力をすることこそ、我々、ニュースの職人の仕事だと思っています。そういう意味からいっても、「誤報」をした時には、きちんと真実に近づこうとする気持ちで検証記事を作ることが大事だということに帰結するのです。
ジャーナリストとして第一線で活躍されている鳥越氏自らの経験を交えた興味深いお話に、聴講生からは大きな拍手がわき起こり、講演は盛況のうちに幕を閉じました。



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