第7回 柳田邦男 氏
「大企業の組織疲労〜合併、業務委託、雇用変質の中で〜」




11月29日、サテライト講座の第7回として作家の柳田邦男氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
● JR福知山線脱線事故の背景

 2000年代になって、日本の大企業は様々な事故や不祥事を起こしています。バブル経済がはじけた後、企業は経営の合理化や効率化、コストダウンといったように、以前では考えられないような大胆な事業展開をせざるを得ない状況になっています。中央司令塔的な本社を身軽にし、様々な事業部門や原料部門を切り離して分社化していく、あるいは他の会社に委託するというような組織上の多様な展開がこの10年の間に急速に進んでいます。そうした背景が、安全問題を考える上でひとつの重要なポイントになっています。

 具体例として、今年の4月23日に起きたJR西日本福知山線の尼崎事故があります。事故の直接の原因としては、運転士の生理的な異常や精神的なストレスなどが考えられます。しかし、運転士自身が死亡してしまい、事故の瞬間がどうだったかまったく分からない状況になってしまったので、事故調査委員会もおそらく結論を出しかねると思います。ただ、問題はこの事故を未然に防ぐための安全対策は何かということです。速度超過の場合、ATSPという電気信号で列車を減速させて自動的に止めてしまう装置をつけておけば事故は未然に防ぐことができます。しかし、JR西日本は、経営効率の点からATSPの設置が非常に遅れていました。3〜4年前にATSPを取り付けるための事務局の予算案はありましたが、経営段階でそれは却下され、安全投資を削られてしまったのです。つまり事故の大きな背景として経営判断の問題があるわけです。もうひとつ、最近はスピードアップと電力消費量をいかにコストダウンするかということで、車両自体の軽量化が進んでいます。昔の列車に比べると、軽量金属を使い、窓を広くし、フレームも簡素なものにしているため、いったん事があると大破してしまうのです。今回の事故で死傷者が多くなった原因のひとつはここにあります。せめて電車のフレームや側面の強度をもっと強くしておけば、死者は半分程度で済んだのではないかということは十分に考えられるわけです。

 JR西日本は、JR東日本に比べて、民営化されてからの経営規模は半分以下です。乗客数の多さ、路線の広がり方を考えるとJR東日本の方が圧倒的に経営的に楽なのです。これに対して大阪は私鉄が非常に発達していて、JR西日本は非常に厳しい競争にさらされているのです。同じ路線をJRと私鉄が走っていることが多いため、経営の合理化、効率化、営業の拡大というものが、経営者にとって非常に大きな課題になっているわけです。JR西日本は経営環境が悪いにもかかわらず、JR東日本と負けないような成績を上げています。これは、猛烈な経営の合理化、人員削減、路線を増やしていくなど相当無理をした結果だということが分かります。社会的要因の背景からは、安全管理より営業が最優先されてしまうという経営環境が、今回の事故の根本的な原因になっていると考えられます。


● 日本企業の抱える「たるみ」


 こうした問題を抱えているのは実はJRだけではありません。新日本製鉄名古屋製鉄所の爆発事故、栃木県のブリヂストンタイヤ工場の火災事故、関西電力の美浜原発事故など、近年起きた様々な事故の実態を調べていくと、今の日本の大企業の中にとても危ない問題が潜んでいることが明らかになってきます。つまり、バブル期を過ぎた今の日本は、組織疲労という新しい問題を抱えてしまっているのです。それを私は一流企業の新しいタイプの「たるみ」と呼んでいます。具体的にいうと、企業のリストラ、分社化の中で危機に対する現場の作業員の職人的直感というものが育てられ継承される地盤が失われ、事の重大さにとっさに気づかないようになってきたこと。大企業のメンツにこだわり、問題を内々に処理し、情報は隠蔽するといった保守的な対応が非常に目立ってきたこと。関連企業や同じ業界の間のコミュニケーションや情報の共有がシステム化されていないこと。大規模化、複雑化、多企業化による共同事業が進む中で、全体を統一的にみるシステム的な保障や品質管理があいまいになっていること。世代交代がどんどん進んでしまい、事故や災害について知識が豊富で、即座に対応したり、教育訓練をするような幹部職員が育てられていないことなどがあげられます。

 また、新しい問題として、現実とバーチャルが交錯していることもあげられます。コンピュータを信頼しすぎるあまり、表示に異常なしと出れば、たとえ現場で出火があろうと、異常がないと判断し、被害を大きくしてしまいがちです。これは、今の時代ならではの大きな問題で、今後さらに様々な形で現れてくるのではないかと危惧されるところです。
 吸収合併や分社化、下請け化が進み、企業の形態はますます複雑化していきます。そういう中でこれからの日本は、こういうことを乗り越えるようなシステム的な対応をしていかなくてはならないと思います。
大企業の起こした様々な事故の状況や経過、原因について具体的に分析した興味深いお話しに、講演は盛況のうちに幕を閉じました。



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