第8回 大野晋 教授
「危機管理と変更管理〜変化は危機を招く 化学プロセスを中心として〜」




1月31日、サテライト講座の第8回として千葉科学大学危機管理システム学科の大野晋教授による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
● 産業事故、多発の原因

 北海道の石油タンク火災、新日鉄名古屋製鉄所のガスタンク爆発事故、ブリヂストンタイヤの工場火災、マツダ自動車の塗装工場火災など、ここ数年、産業事故が多発しています。産業事故は、平成15年あたりから年々増加する傾向にあります。

その原因のひとつは、組織の安全確保の認識が形骸化していることがあげられると思います。1970年代は、石油コンビナートで事故が頻発しました。今日も事故、明日も事故というような状況でしたから、これではいけないということで、人・物・金という経営資源を安全のために費やし、その結果、事故は急激に減少していきました。つまり、安全は日々の汗と努力で築きあげられたものだったのです。ところが、その後、事故が少なくなったこともあって、逆に「安全は当たり前」という意識が蔓延し、それが安全性軽視につながってしまったのです。もうひとつの原因として、鉄鋼、電力、石油化学関係では近年、分社化やアウトソーシング化が急速に進み、責任の所在が分散するようになってしまったことがあげられます。鉄鋼や化学は、大きなシステムで成り立っています。そのシステムはひとつのポリシーで安全が確保されていなければならないのに、それが分社化によって分散してしまっているのではないでしょうか。さらには、設備の刷新などによる「少人化」という問題もあります。今から2〜30年前と比べると、機械を運転する人の数は半分以下となり、その結果一人ひとりの役務範囲が大きくなっています。以前は、人数でカバーできていた部分が、少人化によってカバーしきれなくなっているのです。

 こうした時代的な要因に加え、一般的な共通事項としては、「確認すべきを確認しない」、「従来経験した範囲だけで現象を判断し、最悪の事態を想定した対応がなされていない」、「不具合が放置されたままで、誰もそれを是正しない」、「慣れた作業に対する緊張感の薄れから、結果的に手抜きになっている」といったことも原因としてあげられると思います。


● 変更管理の重要性

 「変更管理」が機能していないことも非常に重大な問題です。製品の変更、作業の変更、人の変更、作業時間の変更等の内部変化、法令の改正、社会環境の変化等の外部変化と様々な変更があります。変化があれば人にも物にも設備にも当然影響がありリスクも生まれるわけですから、それにきちんと対応していかなければなりません。にもかかわらず、現場の人間の変更に対する意識が薄く、これが事故の引き金になるというケースが多々あります。あるいは、変更に気づいていても、自分の力で何とかなるという過信から、そのまま放置して事故に結びつくということもあります。変更があった時、「まあいいや」というような惰性で行ってしまい、注意を喚起しないところにこそ落とし穴があるのです。JCOの臨界事故、六本木ヒルズの回転ドア事故、JR西日本の脱線事故、今話題の耐震強度偽装問題なども、「変更管理」が不十分だったために起きた事故の典型的な例といえるでしょう。

 変更管理のポイントというのは、とにかく全員でやるということです。変更管理すべきかどうかの認識は、仕事に従事する全員が持たなくてはなりませんが、そこがきちんとなされていないのが現状です。従って、まずは変更管理の定義と手順を明確にし、誰が見てもすぐに分かるような仕組みを作っておかなくてはなりません。どういうものが変更に該当するのか。その場合、関係者はどう対応しなければならないのか。新入社員から関係協力会社のスタッフに至るまでが、すべての影響を把握し、変更の内容をコミュニケートし、互いに理解できるようにしておくことが必要です。さらには、リスクをきちんと評価し、同時に全ての人に徹底させるために文書化し、体系的にチェックし、管理していくことが重要です。「起こると思った事故は、必ず起きる」というマーフィーの法則があります。この法則は、事故を未然に防ぐために、“想定できることは事前に対応できる“ということを教えてくれます。

 我々のまわりは、常に変化しています。その変化にいち早く気づき、変更管理をしていかなければなりません。常に最悪を予想し、「想定外の想定」ということまでを想定し、変更管理の積み重ねをしていく。それこそが、危機に備える、すなわち危機管理ということだと思います。
内外で起きた具体的な事故の事例を交えた興味深い内容の講演でした。



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