第10回 平野敏右 学長
「現代の危機管理意識、行動規範」




3月28日、今年度サテライト講座の最終講演として千葉科学大学の平野敏右学長による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
● 危機意識が行動規範となる

 人はそれぞれ目的を達成するために行動します。目的を達成するためには、その障害となるものを排除しなければなりません。自分が何を障害と認識するか、どこに危機を感じるかで人の行動は変わってきます。「これは害になるものだ」「これは危機だ」と認識すること。つまり、危機意識が行動の規範になるわけです。

 たとえば、身近で分かりやすい例としては、受験勉強があげられます。なぜ子どもたちがいい大学を目指して頑張るかといえば、答えは非常に簡単です。いい大学に入れば、いい会社に就職できるし、将来、幸せになりたいからというのが理由です。逆にいえば、「いい大学に入らなければ、将来、幸せになれない」という危機意識があるから勉強するわけです。

 私が過去に行ったいくつかの企業の事故調査でも危機意識が人の行動にどのように作用するかがよく分かります。事故現場の当事者に話を聞くと、大抵は自分がその事故の根本的な原因ではないということを証明しようとします。事故直後には、「大変な思いをした」「火が見えて煙が迫ってきて焦った」というような比較的正直な答えが返ってきます。ところが、3、4日後に事故が発生した時の状況について再度、同じ説明をさせると、「私はそのことには関係ない」「誰かが火をつけたらしくて煙が出た」といったあいまいな言葉が先に出てくるようになります。自分を安全なところに置きたいのです。また、どこかの企業が製造した製品に事故が起きた場合も同じような反応が見られます。「製品は確かにうちで作ったものだが、この事故に関しては自分たちは関係ない。操作を誤ったから事故になった」という理屈です。このように、個人でも企業でも、その事故に対して自分には責任がないんだということを証明するためにあらゆることします。実はこれも自分に責任があったと認めてしまうと「職を失う」「将来がなくなる」「企業イメージに傷がつく」といった危機意識に根ざした行動なのです。


● 本当の危機を見分ける

 危機については、世間一般に言われている危機と、一般的には知られていない自分に関わる危機の2つに分けて考えることが必要です。

 実際は危機ではないものを危機だと思い込んでいたり、逆に、本当の危機を危機ではないと思っていることはないでしょうか。「これが危機だ」と言われた時には、それが本当に危機かどうかを自分自身で見分けることが大切です。本当はまったく関係ないのに、「これは危機だ」と周りから言われ、振り回されて行動していることが結構あるものです。みんなが言っている危機が本当かどうか実証するのは、難しいことではありません。情報を鵜呑みにせず、論理的に考えればすぐに矛盾や嘘が分かるはずです。実際に言われている危機が本当にあるかないかを検証していくと、生活に余裕が出てくると思います。

 一方、一般に言われていない危機、潜在的な危険を見つけ出すことも重要です。日頃安心していても実は危険なことはあるし、実際私たちは危ない行動をたくさんしています。

 たとえば、駅で一番危ないのは、乗客が線路に落ちることです。ですから、線路に落ちないための危機管理として、新幹線や地下鉄の南北線などでは、列車が入ってこないと扉が開かないようになっています。このような対策がなされているということは、私たちが日頃何気なく利用している駅のプラットホームが、実はものすごく危険にさらされているということを認識しなくてはなりません。

 国民保護法という法律ができましたが、これも北朝鮮からミサイルが飛んでくるかもしれないという危機感から作られた法律です。法律ができたということは、そこにはすでに潜在的な危険が存在すると考えなくてはいけないわけです。一般に言われていない危機をきちんと見つけ出し認識することができていれば、危機に陥ることはありませんし、自分の命や財産を失わずに済むでしょう。

 何か行動する時には、危機意識を調整するということが非常に重要です。危機でないものを危機と勘違いしていないか、本当の危機を危機としてきちんと認識できているかどうかという2つの点を常に意識し、有意義な人生を過ごしていただきたいと思います。
講演の後は、2005年度サテライト講座を締めくくる修了証書授与式が行われ、平野学長より受講生一人ひとりに修了証書が手渡されました。



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