第2回 平野敏右 学長「これだけは知っておきたい危機管理」



 5月30日、サテライト講座の第2回として、千葉科学大学の平野敏右学長による講演会が行われました。ここでは、その一部をご紹介しましょう。
●危機管理のポイント
 私たちは、何か困ったことが起きた時、とかくその場の思いつきで対処しがちです。しかし、思いつきには、必ず欠陥があり、どこかに見落としがあるものです。危機管理では、国、地方、企業、組織、家族、個人など様々なものが対象となりますが、何が起きても困らないように事前に計画を立て、間違いがないか何度も確認してから実施することが大きなポイントになります。それでは、計画を立てるためには何が必要なのでしょうか。それには、まず、「危機」とはどういったことを意味するのか、危機管理そのものが一体どういうものなのかを頭の中で具体的に描いてみることが必要です。
 危機管理では、「将来これはどうなるか。うまくいくのか」ということを「予測」することも不可欠です。現時点ですごく良いと言われていることも、数年先に悪くなることはよくあることです。
 たとえば、アスベストがいい例です。アスベストは昭和40年代後半から50年代前半まで、防音などに優れている建材として盛んに使われてきました。アメリカでは、40年代後半にはすでに有害とされ使用禁止になりましたが、日本ではその後も多くの建物に使用され続けました。最初は使ってもいいと言っておきながら、しばらくして結局有害だということになり全面禁止になったわけですが、それについてどこも責任を負いません。それでは、誰か、たとえば報道機関がアスベストをダメだと言えたのかといえば、答えはノーです。全員がいいと言っているものを頭から否定することは、報道機関はもちろん、誰にもできないのです。
 だからこそ、現時点で良いと言われていること、うまくいっていることも、もしかしたら数年先には悪くなる可能性があるのだ、ということを一人ひとりが念頭において、常に心の準備だけはしてく必要があるのです。将来を予測し、問題が起きた時に備えて計画を立てておくこと、それが危機管理の第一条です。

●本当の危機を見極める
 本当の危機を見極めることも必要です。私たちがふだん気がついていないところにも危機はたくさんあります。道を歩いていて転びそうになったり、話をしていた相手が急に不機嫌になってどうしたのかと思ったら、話題にした人が相手の身内だったとか、日常生活を振り返ってみると、身近なところに様々な危機を見つけることができます。
 一方で、本当は危機ではないのに危機だと思わされていることも結構あるものです。「危機だ、危機だ」と世の中で言われていることがたくさんありますが、はたしてそれは本当に危機なのでしょうか。たとえば、国民保護法制は、北朝鮮がテポドンを持ち出したことをきっかけに、侵略の可能性があるという理由で作られました。それでは、自分がミサイルで攻撃される確率と、交通事故にあう確率とを比べたらどちらが高いでしょうか。交通事故にあう確率の方が高いとしたら、そちらの対策に力をいれたいという話になります。オゾン層が破壊されるからフロンガスはいけないとされていますが、きちんとした証拠を見せられて、みなさん納得しているのでしょうか?新聞に書いてあるから危機だろうとか、テレビで放送したから危機だろうと鵜呑みにしているのではないでしょうか。危機管理に本気で取り組むつもりだったら、一つひとつ調べてみると面白いと思います。みんなが危機だと言っていることに対して「これはおかしいよ」と異議を唱えるのは、なかなか難しいものですが、自分自身で本当かどうかを検証することは重要です。
 さらには、危機意識をうまく利用され、「こうなると困るから、これやりなさいよ」という具合に動かされていることがあるということも知っておいてほしいと思います。法律の制定もそのひとつです。法律というのは、何か事が起こった時に作られますが、これは国民の危機意識が高まるのを待っているからなのです。危機意識の高まりがないと、法律はできません。また、何か起きた時に法律を作らなければ、解決したことにならないのです。最近もマンションの耐震強度の問題などいろいろなことがあって法律ができていますが、これも非常に上手に危機意識を利用している典型例といえるでしょう。

●危機管理は変化する
 危機管理では、論理学、自然科学、社会学、心理学など様々な手法が用いられます。ただし、同じ手法ですべてにうまく対応できるというわけではありません。たとえば、10人の学生がいるとしましょう。10人全員に気持ちよく勉強してもらうためには、それぞれの学生の性格や得手不得手を知って、それに適した別の手法を用意しなければなりません。私は何かを説明する時、よく数学的な表現を用いるのですが、数学が得意な子にはよく理解できても、不得意な子に対しては通用しません。危機管理も同様です。物の性質や人の動き、社会の風潮などをよく知って、いくつかの手法を組み合わせなければ、危機管理はうまくできないのです。
 危機管理学は、変わっていくものです。社会の変化、生活の変化、家庭の変化、職場の変化といったことに伴って危機管理の仕方も変化します。実は、危機管理学ができた理由もそこにあります。昔ならお年寄りが若い人に気をつけるように教えれば済んでいたことも、今は必ずしもそれだけではうまくいかなくなりました。これまでの常識だけでは分からない、通用しないということが数多く出てきています。
 責任意識の変化もそのひとつです。最近は、何かあるとすぐに「学校の教育はどうなっているのだ」と言われます。日常生活の中で問題解決するための教育は、本来、家庭の責任だったはずですが、家庭の責任意識が薄れ、学校の責任を問われることが多くなりました。他にも意識の変化は見られます。少し上の年代の人たちは、国を守るという気持ちが強かったし、国や家族のためなら自分が死ぬほどの努力をすることを厭いませんでした。子どもを助けるために親が犠牲になるというのは普通でした。もちろん今でも、火災などが起こった時に、自分の危険を顧みず人を助けようとする人もいます。しかし、一般的にそういう意識がどんどん薄れてきているのが現状です。
 このように社会の仕組みや情勢、人の意識など様々な面で変化が現れていることをしっかりと認識しておくことが、危機管理をする上には不可欠だということを知っておいてください。同時に、自分の性格や自分にできること、そして、できないことなどをあらかじめ知っておくことも必要です。
 危機管理というのは、情報をそのまま鵜呑みにし、思いつきでやるものではありません。事前に計画を立てて、それを一つひとつ実行してはじめてできるものです。人の動きや意識、感覚といった危機管理のエレメントを把握し、そのエレメントを組み合わせてどんな状況でどう使うのかを日頃から考えておくことが重要です。
 危機管理を学ぶ上で必要不可欠となる基本的なテーマだけに、聴講生は熱心に耳を傾けていました。



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