第3回 金政泰弘 氏「危機管理 - 感染防御の立場から」



 6月20日、サテライト講座の第3回として、岡山大学名誉教授で千葉科学大学顧問の金政泰弘氏による講演会が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
●鳥インフルエンザは人型に変異するか
 鳥インフルエンザは、本当に人型に変わるのかと聞かれたら、変わるかもしれないし、変わらないかもしれないとしか言えません。過去の事例から「変わる可能性もあるな」ということをご理解いただきたいと思います。
 インフルエンザウイルスには、A、B、Cの3つの型があります。現在、特に問題となっているのは、不連続変異をして世界的大流行を起こすA型です。A型インフルエンザウイルスは、丸い形をしており、表面には赤血球凝集素とノイラミニダーゼという2つの突起があります。人間がウイルスを吸い込むと、まずのどの粘膜に取り付いて20分で細胞の中に入り込んできます。ウイルスは20〜24時間かけて細胞の中で増殖し、細胞を壊して再び外へ放出されます。赤血球凝集素は、ウイルスが人間ののどに入り、気管の粘膜に取り付く時に必要となるもので15種類の型があり、H1〜H15という番号がついています。一方、ノイラミニダーゼは、ウイルスが放出、拡散する時に細胞を突き破る役割をするもので9種類の型があり、N1〜N9の番号がついています。この15種類のHと、9種類のNの組み合わせが様々に変化して、人を襲うとされています。
 歴史上大流行した代表的なインフルエンザウイルスの番号には、H1N1、H2N2、H3N2などがあります。
 たとえば、1918年に大流行したスペインかぜはH1N1です。世界で4000万、あるいは5000万人がかかったともいわれ、日本でも38万人が死亡しました。実は、スペインかぜが流行る10年ほど前から鳥にインフルエンザが大流行していました。その後、鳥から豚にウイルスが感染し、10年ほどかけて人間に取り付くための時期を稼ぎ、ある日突然、スペインかぜに変異したわけです。
 1957年には、やはり中国南部の鳥にインフルエンザが起き、それがH2N2の突起を持ったアジアかぜに変異して流行しました。H2N2が終息しかけたと思ったら、今度は1968年にH3N2の香港かぜが流行しました。鳥が持っていたH3とアジアかぜのN2が合体して交雑を起こして遺伝子が組み換えられ、H3N2という新型ウイルスが現れたのです。ウイルスというのは、非常に早いスピードで変異します。人間が45億年かかる遺伝子の変化をウイルスは2年程で遂げてしまうのです。
 ウイルスの変異でもっとも多いのは、H1N1、H3N2のように鳥インフルエンザウイルスと人インフルエンザウイルスが豚に入って交雑を起こし、人に取り付くのが好きな新型ウイルスに変異するケースです。この他、鳥インフルエンザウイルスが鳥の中に留まったまま交雑を起こさないで変異するケースや人が豚と同じ役割を果たし、人間の中で交雑を起こす可能性も考えられます。

●インフルエンザの対策は
 今後、新型のインフルエンザが大流行したら、世界の人口65億人中、18億人が感染し、死者は850〜3200万人に上るだろうと推測されています。そのため、目下特効薬の備蓄が目標となっています。インフルエンザの特効薬としては、シンメトレル、リレンザ、タミフルがあげられます。シンメトレルは、ウイルスの侵入を防ぐ薬で吸入タイプです。皆さんもご存知のタミフルは錠剤で、ノイラミニダーゼの活性を阻害し、ウイルスの放出を食い止める薬です。
 ワクチンについては、A型のH3N2とH1N1、B型の不活化混合ワクチンの3つが使われています。ワクチンは、接種後2週間して効果が出始め、5〜6ヶ月頃に効き目のピークを迎え、徐々に効果がなくなっていきます。また、ウイルスは、少しずつ変異するので、毎年変化の状態を調べて、それを参考に新しいワクチンを作ります。ですから、予防接種は、毎年受ける必要があります。インフルエンザの予防のためには、ワクチンの接種が非常に有効だということを覚えておいてください。

●バイオテロの形と可能性
 次にバイオテロについてお話します。
 現在の国際情勢からいくと、バイオテロはいつ起こってもおかしくない状態だと思います。生物兵器は、「貧者の兵器」と言われるように、製造に費用がかからず、敵を攻撃するには非常に有効です。
 微生物兵器には、「病原菌が目に見えないだけに、精神的にも与える影響が大きい」「効果が現れるまでに時間がかかるので、撒いて逃げる時間が十分にある」「退治するのに膨大な経済的損失を与える」「製造コストが低い」「少し知識があれば、誰にでも簡単に製造できる」といった特徴があり、代表的なものとしては、炭疽、天然痘、ボツリヌス菌などがあげられます。
 炭疽菌は非常に強い菌で、生きていくのに困難な状況下では自己保存のために菌体中に芽胞を作り生き伸びようとします。この芽胞は十数年から60年くらい生きるとされています。人間が感染すると、9割は皮膚炭疽になりますが、時に肺炭疽、腸炭疽になり、肺炭疽の場合は死亡率が80〜90%になります。そのため、バイオテロの場合は、死亡率が高く効率がいいという理由からほとんど肺炭疽を狙います。アメリカでは、2001年に一度炭疽菌のテロ事件がありました。この時は22人の患者が出て、うち5名が死亡し、約1兆円の経済損失をしました。アメリカでは炭疽菌の研究がかなり進んでいるようです。テロを予防するための研究だと言っていますが、攻撃的材料や強い菌を作る手だても持っているはずで、遺伝子操作をすれば薬剤の効かない菌を作ることも可能でしょう。
 天然痘に関しては、今から30年前にソマリアの患者を最後に根絶宣言が出されました。現在では、表向きアメリカの1研究所と、ロシアの1研究所のみが天然痘ウイルスを保持しているとされていますが、どこかが隠し持っている可能性はないとは言えず、北朝鮮が保持している疑いも十分にあります。もし、この天然痘のウイルスが何らかの方法でばら撒かれたりすれば、根絶以後は種痘が絶えているので、1年間に8000万人が死亡するとも推定されています。
 ボスリヌス菌は、酸素のない状態で食べ物の中に毒素を産生する菌で、少しでも酸素があると死滅し、増殖もできません。日本では、84年に熊本で真空パックの辛子蓮根を食べて中毒になり、11名が死亡した例があります。真空パックは中に全く酸素がないため、菌が増殖したのです。
 ボツリヌス菌の毒素は、世界最強と言われるほど強いものです。菌には7型ありますが、中でも、DとAが一番強い毒素を産生します。ボツリヌス菌で毒ガスを作れば、サリンの毒性に比べて、Dは1600万倍、Aは500万倍の毒性を有すると言われています。「培養が簡単で、大量生産がたやすい」「毒素を乾燥粉末にもできる」という特徴もあり、イラクや中華人民解放軍などでかなり研究が進んでいるようです。

●食中毒は身近なところに存在する
 食中毒は、人から人に感染するのではなく、食べ物を介して菌が体内に入り、主に急性胃腸炎症状を伴っておきる疾病です。食中毒の種類には、自然毒、化学物質、細菌性食中毒などがありますが、ここで私が問題にしたいのは、細菌性食中毒です。
 細菌性食中毒には、生きた菌が口から入り、体の中で増殖して急性胃腸炎症状を起こす感染型と、先ほどのボツリヌス菌やブドウ球菌のように、食べ物の中ですでに毒素ができていて、それを食べて症状が出る毒素型があります。
 感染症の場合、菌の量が非常に少なくても発症しますが、食中毒はたくさんの菌がないと感染しないところが大きな違いです。たとえば、腸チフスは10〜1000個で感染しますが、食中毒は10万から1千万もの菌量がないと感染しません。ただし、腸管出血性大腸菌、いわゆるO157だけは例外で、50個程度でも感染します。
 細菌は食べ物の中で急激に増殖します。また、菌は非常に小さいということをご記憶ください。まな板にたった0.2ミリ程度の傷があるだけで、菌はそこに入り込み増殖します。これを取り除くのに一番いい方法は、熱湯をかけることです。
 現在、日本では、サルモネラ菌に汚染された卵が増えていることが問題になっています。元来、日本の卵は非常に清潔でした。日本人は安心して生卵をかけたごはんを食べますが、欧米人は生卵自体を食べません。日本の卵でサルモネラ菌に汚染されたものは2000個に1個ぐらいですが、イギリスの卵は非常に多く、100個に1個は汚染されているとも言われます。日本でも汚染された卵が多くなっていますが、これはイギリスから飼料を入れているのが原因のひとつです。日本は欧米汚染されつつあるのです。もうひとつ、卵を扱う業者による液卵流通機構も卵によるサルモネラ食中毒に拍車をかけています。液卵とは、割れた卵を液につけたものでこれを使うのが一番危険です。割れた卵は、中でサルモネラ菌が非常に増殖しやすいからです。割れた卵は安いため、飲食店が買って使うケースが少なくありませんが、食べない方が安全だということを知っておいてください。
 インフルエンザやバイオテロ、食中毒などの問題を専門的かつわかりやすく解説され、充実した内容の講演会となりました。



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