第4回 小林恭一 氏「大規模災害の世紀と危機管理体制 〜その現状と課題」



 7月25日、サテライト講座の第4回として、総務省消防庁国民保護・防災部長を退官されたばかりの小林恭一氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
●増大する自然災害と産業災害
 21世紀は、地震や異常気象による自然災害と産業災害といった大規模な災害が非常に起きやすい世紀だと考えられます。
 日本は今、地学的に大地震が多発するサイクルに入っています。差し迫って発生が懸念されているのは東海地震です。実は、東海地震は、西暦2000年くらいまでに起きても不思議ではありませんでした。それほど大きなエネルギーがたまっているのです。なぜ今だに起きないのか理由はよく分かっていませんが、いつ大地震が発生してもおかしくない状態にあることは間違いありません。東南海地震、南海地震が連発する可能性や、日本海溝、千島海溝の周辺海溝型地震の切迫性も指摘されています。マグニチュード8クラスの海溝型巨大地震は、今世紀の半ばくらいまでにいくつか発生するだろうと言われていて、中でも宮城県沖地震は確実に起きると予想されています。そのような状況下にあって、人口や施設の集中度から見て被害がもっとも大きいと思われるのが首都直下型地震です。震度6弱以上で想定される被害は、建物全壊棟数約85万棟、人的被害が約11,000人、経済損失は112兆円にも上ります。
 地球温暖化に伴い異常気象が多発していることについては、皆さんもここ数年実感されていることと思います。最近の梅雨明けの遅れやスコールのような雷雨、記録的な豪雨などもその一例といえるでしょう。今世紀末から来世紀初頭までに地球の平均気温は6度上がるかもしれないと予想されています。平均気温が6度上がるということは、日本が赤道に近づいたようなもので、地球シュミレーターによる予測でも、非常に大きな自然災害が発生するだろうと報告されています。実際、平成16年は風水害の死者、平成17年は雷害の死者が多くなっています。
 産業災害も21世紀に入り増えてきています。2003年には新日鉄名古屋製鉄所のガスホルダー爆発事故、ブリヂストン栃木工場タイヤ火災、十勝沖地震後の出光興産北海道製油所のタンク火災など、産業災害が続発し、2004年以降もこうした事故は続いています。
 危険物施設の事故件数の推移を見ると非常に顕著な傾向が現れています。昭和37年からの統計ですが、昭和55年以降減ってきていた事故件数が、平成6年を境に再び増加に転じ、わずか10年で倍になってしまいました。石油コンビナート等特別防災区域の災害に限定するとこの傾向はもっと明確で、平成3年くらいまで減少していた件数が、やはり平成6年から増加し、10年で3倍にもなっています。
 産業災害がこれほど増えてしまった理由は、ひとことで言うなら、世界一の安全を支えてきた日本型安全システムが崩壊したということです。日本型安全システムとは結局、現場の優秀で真面目な作業員に頼ったものでした。それが過去のものになりつつあるのではないかと思います。他の理由として、長期的リスクを軽視するトップの増加、団塊の世代の大量退職に伴う世代交代と安全ノウハウ継承の断絶、人員削減、防災投資の削減、アウトソーシングの弊害、合併に伴う課題、自動化・省力化の盲点といった点が考えられます。

●災害リスクの高い日本
 大規模災害の増加に伴い、それに対応するために国とトップの役割はこれまで以上に大きくなっています。現代は、被災地の状況がリアルタイムで世界中に発信される劇場化の時代です。それだけに、国や自治体のトップが、リーダーシップあふれる万全の危機管理者にならなくてはいけません。組織と応援資源を活用し、即座に的確な対応をしていることを世界中に見せなくてはなりません。なぜ、そういうことが必要かというと、世界の資本に見放される恐れがあるからです。たとえば、東京直下型地震が起きた場合、112兆円の経済的損失が出てくると予想されますが、アジアの拠点をそういうリスクのある国に置いていいのかという発想が出てくるわけです。ヨーロッパにせよ、アメリカにせよ、現在はまだアジアの拠点は日本だと見ています。上海、台湾、香港、ソウル、シンガポールなどに拠点を置くよりは、相対的にリスクが少ないと思っているのかもしれません。しかし、私自身は日本が一番リスクが大きいのではないかと思っています。他の国のリスクの多くは、政治的紛争など人為的なものですが、日本の場合は、自然災害に伴うリスクですから止めようがありません。我々がやれることは、災害の被害をより少なくすることだけで、よほどうまく対処しないと世界から見放されてしまうことになりかねません。

●組織、体制、法制度の現状と今後の課題
 自然災害、産業災害、テロや侵略などに対応するために、官邸緊急参集チームの設置、内閣情報集約センターの設置、内閣危機管理監の設置、政府の危機管理宿舎の設置、官邸危機管理センターの新設などが行われ、国の危機管理体制は近年ようやく整備されてきたところです。また、阪神淡路大震災以降は、消防庁の役割も見直され、緊急消防援助隊や消防庁危機管理センターなどが設置されました。
 組織、体制の充実が図られる一方、法制度の見直しや制定も行われています。災害・危機管理に関係する法律の代表的なものとしては、災害対策基本法、災害救助法、石油コンビナート等災害防止法、原子力災害対策特別措置法、感染症予防法、国民保護法などがあげられます。それぞれの法律には、制定の契機となった災害があります。たとえば、災害救助法は、昭和21年の南海地震をきっかけに作られました。昭和34年の伊勢湾台風の際は、実際に災害救助法が適応されましたが、うまく機能しなかったため、災害対策基本法が新たに制定されました。この法律は、災害対策全体を体系化し、総合的かつ計画的な防災行政の整備と推進を図ったものです。
 原子力災害対策特別措置法は、平成11年に起きたJOCの臨界事故後に制定されました。この法律の特徴は、初期動作の明確化ということで、原子力事業者からの異常事態の通報を義務づけしています。また、市町村、都道府県と国の連携強化も図られています。事故が起こった場合、原子力災害現地対策本部を置きますが、そのための拠点となる施設として「オフサイトセンター」を新設しました。オフサイトセンターには、原子力防災専門官を常駐させ、何か起きた場合には、専門官中心にとりあえず対処するしくみになっています。また、関係省庁や現地対策本部の代表などもオフサイトセンターに集まって対応します。
 国民保護法は、北朝鮮のテポドン発射をきっかけに平成16年にできました。国民保護法は、万一の武力攻撃や大規模テロが起きた時に、とにかく住民を安全に避難させようという仕組みです。テロや武力攻撃が起きないように外交努力を行うことはもちろん大前提ですが、外交努力をしていれば大丈夫かといえばそうとも言い切れません。国民保護法は、有事法制の一環としてあるため、日本が戦争準備をするための法律だとして反対する市民派の方々もいますが、私は必ずしもそうではないと思っています。国民保護法は、国民を守る、守るべき国民がいるという考え方が基本となっています。守るべき国民がいるということをきちんと法律に書いたのは、日本の歴史上おそらくはじめてではないでしょうか。国民は守られるべきものだとしている点で、国民保護法は大事にしなければならない法律ではないかと思っています。
 このように、法制度についても徐々に整備されつつありますが、災害の種類によって担当省庁が異なったり、感染症に対する対応が災害対策基本法の枠組みから外れているといった問題点も数多く残されています。
 大規模災害に対応する日本の危機管理体制は、システム面でも制度面でも必要なコンテンツがようやく出揃ったばかりで、まだまだ十分とは言えません。不断の努力で改善していけるかどうかが、迅速かつ適切に対処するための大きなポイントとなるでしょう。さらに、日本人のもっとも弱い点として、訓練とマニュアルの文化を根付かせる努力をしていくことが必要不可欠だと思います。
 大規模地震や異常気象など差し迫った問題だけに、講演後は、活発な質疑応答が交わされました。



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