第5回 田井中幸司 講師「健康増進のための運動指導」



●介護予防に効果的な筋力トレーニング。
 昔は、歳をとると家でのんびり過ごす人が多く、運動といえば、たまに散歩に出かける程度というのが一般的でした。しかし最近は、70歳以上の高齢者が盛んに筋力トレーニングを行うようになっています。
 実は、1990年代前半まで、筋肉トレーニングは血圧を高くするという理由から、高齢者がやってはいけない運動のナンバーワンでした。しかし、現在ではむしろ必要な運動とされています。
 2000年に介護保険が導入されてから分かってきたことですが、40歳以上の人の約50%が加齢に伴う体力の衰えや、転倒、骨折などが原因で、介護が必要になると言われています。これらは、すべてトレーニングで筋力を強化すれば防ぐことができますが、一旦、要介護者になってしまうと、なかなか回復できないのが現状です。そこで、この4月からは、介護保険法が一部改正され、特に要介護者になる危険性の高い人を対象に、予防的に運動指導をしていくことになりました。
 私自身、運動療法を13年間指導してきましたが、トレーニングを続けていると、杖をついていた人が杖なしでも歩けるようになります。多くの方が劇的に良くなるのを実際に目の当たりにして、「トレーニングには効果がある!」と実感しています。

●鍛える筋肉を意識して運動する。
 整形外科では、腰より膝の疾患が多く、特に、40歳以上の女性では、膝の内側の軟骨がすり減って、ひざが痛くなるという症例が多く見られます。腰痛と膝の痛みを比べると、どちらかといえば膝の方がやっかいです。腰が痛くても、みなさん旅行に行ったりされていますが、膝が痛いとバスに乗れず、田舎の温泉旅館などでは和式トイレに座れないなど、痛みが重篤な人ほど不自由なようです。そのため、周囲の人に迷惑をかけるということで、外出しなくなり、家に閉じこもりがちになります。女性は、もともと男性に比べて骨がもろい上、運動不足や筋肉量の低下なども重なって、足腰がどんどん弱くなっていきます。骨は鍛えられません。運動やトレーニングをしても骨を強くすることはできないので、骨を支える筋肉を強化して、足腰が衰えるスピードを緩めるわけです。
 膝の内側の軟骨がすり減ることで生まれる痛みは、早い段階で運動療法を行えば、効果的に改善します。ただし、どんな運動でも良いというわけではありません。散歩やゲートボール、グランドゴルフ、ラジオ体操のような日常レベルの運動ではなく、膝のまわりの筋力を強化するトレーニングを行うことが重要です。膝の筋肉のトレーニングとしては、椅子に座って膝の曲げ伸ばしを行ったり、立った姿勢でつま先やかかとを上げ下げするという方法があります。ポイントは、膝のお皿の少し上の筋肉に意識を集中することです。
 男性の場合は、脚の付け根の腸腰筋という筋肉の衰えが原因で起こる、腰痛や膝の痛みが多く見られます。そこで、特に男性には、脚の付け根のストレッチをぜひやっていただきたいと思います。腸腰筋が硬くなってくると、骨盤が下に引っ張られ、腰の筋肉も弱くなり、腰痛が起きやすくなるのです。日頃から脚の付け根を伸ばすストレッチを行って、腸腰筋の柔軟性を保つようにしておきましょう。
 筋力トレーニングをする時に気をつけてほしいのは、無理をしないことです。いきなりハードなトレーニングを行ったり、痛みを我慢して続けると逆効果になります。最初はやさしいものを短時間、行うことをお勧めします。

●目的やからだの症状に適した運動を選ぶ。
 最近は、高血圧や糖尿病の方が、血圧を下げたり血糖値を抑えるために運動療法を行ったり、膝の痛い人が、湿布や注射と同じような効果を期待してトレーニングすることが一般的になっています。しかし、症状に応じて薬の種類や処方が変わるように、それぞれの目的に適した運動をしなければ意味がありません。
 ウォーキングや水泳、散歩などの有酸素運動は、スタミナアップには効果的で、内科的な疾患の予防にも役立ちます。ですから、健康増進や生活習慣病の予防のために運動しようと思う方には、ピッタリの運動法です、しかし、腰痛や膝の痛みなど整形外科的な疾患の予防には適しません。寝たきりの予防に、足腰の筋力をつけようと、ウォーキングしている方がいますが、これはまったくの誤解です。筋力アップは、あくまで筋力トレーニングの仕事ですから、どんなに有酸素運動をしても効果は期待できません。
 それぞれの運動によって効用が違うということを理解して、自分の目的やからだの症状に適した運動を選ぶことが大切です。
 たとえば、高血圧の方には、ウォーキングのような有酸素運動がいちばん適しています。散歩のようにブラブラ歩くのではなく、いつもより少し早めに歩くと効果的です。糖尿病や高脂血症には有酸素運動が適していますし、骨粗鬆症の予防には、筋力トレーニングをお勧めします。肥満予防には、有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせて行うといいでしょう。一般的な健康増進に関して言えば、特に若い人は生活習慣病予防のために有酸素運動を行っていただきたいと思います。
 実際に、膝の痛みや腰痛の予防、改善のためのトレーニングも行われ、実践的な内容の講義となりました。



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