第5回 西垣由加子 氏「こころの危機〜よい人間関係の築き方〜」



●平等な立場で認め合うことが、人間関係の基本。
 アドラー心理学は、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが創始した心理学の理論です。このアドラー心理学の立場から、より良い人間関係を築くための方法をお話したいと思います。
 アドラー心理学では、良い人間関係とは、「家庭で、地域で、職場で、学校で、お互いに尊敬し、信頼しあい、協力しあって暮らしていく関係」と定義しています。そして、「調整の必要があれば、冷静に理性的、主張的に話しあって合意を目指す。お互いの役割を果たしながら、お互い平等な存在として、その個性を認める関係作りを目標にしていくことで、円滑で穏やかな人間関係が築かれる」と考えています。中でも、「お互いの役割を果たしながら、お互い平等な存在として、その個性を認めあう」という部分は、人間関係を考える上で大切なポイントです。
 たとえば、家庭の場合なら、父親は父親の、母親は母親の、子どもは子どもの役割と責任があります。職場であれば、社長、部長、課長、係長、平社員など、それぞれの立場での役割があり、上にいくほど、大きな権限と責任が伴ってきます。私たちはとかく役割や権限の大きさで人を評価しがちです。大きな権限があれば偉いとか、人間としての価値が上だという見方をする人も決して少なくありません。しかし、年齢や性別、職場の地位がどうであれ、人間としては誰もが平等な立場にあります。それぞれの役割は別として、お互いの個性を認めあっていくことが、よい人間関係を築くための基本だと思います。
 現在の社会は、競争社会であり、縦関係の社会です。実際、多くの人が、子どもの頃からより速く、より高く、より遠くにジャンプするように教育されてきたのではないでしょうか。日常生活の中でも、誰が勝ちで誰が負けか、誰がボスで誰が子分なのかを意識させられる場面が多々あると思います。良い学校、良い会社、良い結婚を追い求める世の中で、理論通りの平等な人間関係を実現するのは難しいことかもしれません。しかし、理想の人間関係に近づくためには、いまの社会が縦の対人関係で組み立てられているということを自覚し、縦の関係を横の関係にシフトしいくことが大切だと思います。

●感情で支配する縦の関係は、精神的な健康を損なう可能性も。

 どうしたら横の人間関係を作っていけるのか、具体的な事例をあげて考えてみましょう。
 あるお母さんが、5歳のお子さんとうまく接することができないことに悩んで、相談に来られたことがあります。毎日、幼稚園に行く時間になってもグズグズしているので注意しますが、なかなか用意してくれません。イライラして怒鳴ってしまうせいか、お子さんの方は逆に反抗的になり、最後はいつも力ずくで言うことをきかせようとしてしまうと言います。
 お母さんにしてみれば、時間になったら言われなくても自分から準備する自立した子どもになってほしいと考えて注意するつもりが、言うことをきかないお子さんの態度に冷静さを失い、つい感情的な行動に出てしまったわけです。
 アドラー心理学では、その時の行動の目的が何だったのかということを重視します。そういう視点でこのケースを見ると、自立した子に育てたいというのが、お母さんの大きな目的でしたが、感情が先に立ったために、本来の目標が頭から消えて、単に「私がボスで、あなたが子分よ!」という、縦の人間関係が生まれたと考えられます。
 このように、感情で子どもを支配するパターンを繰り返していると、思春期になってから、親に対する暴力や無気力につながることもあります。これは、親子関係に限りません。怒り、不安、憂鬱といった感情で相手を支配しようとする縦の関係は、人間の精神的な健康を損なう最も大きな要因となるのです。

●自分の感情をコントロールし、相手の話しをじっくり聞く。
 これを改善するためには、自分の感情を管理することが必要です。そこで、どんな人に対し、どんな時に怒って、誰との関係が苦手なのか、まずは自分自身を観察することから始めてみましょう。自分の行動を客観的に見ていくと、何をきっかけに自分の怒りが起動するのか、怒りがわいた時にはどんな行動をしているのか気づきます。怒りの感情がわいてくるのが分かるようになったら、その場から離れるとか、別のことをするとか、自分なりの方法で気持ちをクールダウンさせましょう。最初はうまくいかなくても、練習を重ねれば、怒りの感情を消すことができるようになってきます。
 相手の話しに耳を傾けることも横の人間関係を築くための大切な要素です。とかく私たちは会話をする時に、相手が話すのを聞きながら、隙を狙ってはお互い自分の言いたいことを一方的に言うというパターンになりがちです。しかし、家庭でも職場でも、相手と良い関係になりたいと思ったら、何よりもまず相手の話しをじっくりと聞いて、相手を理解することを心がけましょう。
 たとえば、子どもは思春期に入る頃からあまり親と話さなくなる傾向がありますが、「うちの子は、どうせしゃべらないからもういいや」とあきらめてしまったら、そこでコミュニケーションの経路が閉ざされてしまいます。よい親子関係を保つためには、子どもがいくつになっても、親のほうから「今日はどうだった?」と声をかけることが大事です。そして、子どもが話し始めたら、話しの途中で割り込まないで、最後まで耳を傾けてあげることが大切です。
 親子関係に限らず、夫婦でも職場でも、自分の感情をコントロールし、相手の話しをじっくり聞くことができるようになると、こじれた人間関係もおのずと改善されてきますから、まずは身近な方と接する際に、取り入れていってほしいと思います。
 講演後は、2人一組になって、実際に相手の話しを聞きあうワークが行われるなど、より良い人間関係を築く方法を理論と実践の両面から分かりやすく学ぶことができました。



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