第5回 岡本能弘 助教授「病原体を探る」



●からだを守り、感染症の原因にもなる微生物。
 微生物とは、肉眼で直接見えない小さな生物のことをいいます。微生物の種類には、細菌や真菌、原虫、藻類、ウイルスなどさまざまなものがあります。その大きさはどのくらいあるかというと、たとえば、ウイルスは、0.2〜0.02マイクロメートルです。1マイクロメートルは、1ミリの1000分の1の大きさですから、相当小さいことがわかります。

 微生物は、人の皮膚や口、鼻の中、消化管の中にも数多くいます。人のからだの中に入った微生物は、感染症を引き起こす原因になりますが、一方で、私たちの身体を守ってくれる場合もあります。ですから、人にとって微生物は、悪い面ばかりでなく、いい面も持っていることを知っておいてほしいと思います。
 ただし、感染症の原因となる以上、食品や医薬品などの製造現場では、微生物の侵入を防がなくてはなりません。しっかりと衛生管理をしないと、病原微生物の感染によって、食中毒を引き起こし、品質が損なわれる危険性があるからです。特に、食中毒の原因菌には、私たちの手のひらにもよくいる「黄色ブドウ球菌」という細菌も含まれています。黄色ブドウ球菌は、手や鼻の中、のど、毛髪の中に常に存在しており、健康な人でも20〜50%は保菌しています。実際、手のひらについた微生物が直接食品に感染して食中毒事故が発生したケースは少なくありません。また、医療現場でも、最近「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」という、抗生物質の効かない菌による院内感染が問題となっています。こうした細菌汚染を防ぐためには、食品や薬品に微生物を混入させないための対策が必要です。そこで、食品の加工、製造工場などでは、拭き取り検査によって保菌状態を把握するという、微生物汚染管理を行なっています。拭き取り検査は、調理器具や食品、手や指など、細菌が付着している危険性のあるものから綿棒を使って検体を採取し、細菌の量を調べる方法です。

●ホタルの発光原理を利用して細菌を検出する。
 地球上のあらゆる生き物は、ATPという物質を持っています。ATPとは、アデノシン三リン酸という物質の略称で、化学エネルギーの通貨といわれています。生き物はすべて、外から取り込んだエネルギーを、体内で利用できる形に変換する必要があります。たとえば、人の場合なら、食事をしてエネルギーを取り込みますが、消化、代謝作用によって、最終的にATPという物質に変わります。取り込んだ食物がATPに変わることで、はじめて、体内で筋肉を動かす時などにエネルギーとして使われるようになります。細胞内のエネルギー源のほとんどは、このATPによって供給されています。つまり、ATPがあるということは、そこに生き物が存在している証拠になるわけです。拭き取り検査は、このATPという物質を検出することで、細菌の存在を確認する方法です。
 ATPの検出は、ホタルの発光原理を利用して行います。ホタルの尻には、ルシフェリンという発光物質とATP、ルシフェラーゼという酵素があり、これらの物質が互いに化学反応を起こして発光します。この原理を利用して、微生物にルシフェリンとルシフェラーゼを外から加えると、酸化ルシフェリンができ、それによって発光が起こります。この発光からATPが検出でき、微生物がいることが証明できるのです。これをルシフェラーゼ反応といいます。
 微生物の量が多ければ、発光を目で確認することができますが、量が極めて少ない場合は、目に見えないので、ルミノメーターという検出器を使って捉えます。
 ルシフェラーゼ反応のメリットは、高感度で迅速である点です。たとえば、微生物検査のひとつとして代用濃縮検査がありますが、この方法では測定結果が出るのに一晩必要です。これに対して、ルシフェノール反応では、短時間で結果が分かります。最近では、検査に必要なルシフェリンが化学合成で作られることで安価で入手できるようになったこともあり、食品衛生管理に広く使われています。
 講義の後半は、実際にルシフェールキッドという器具と試薬を用い、自分の手指の拭き取り検査を行って、保菌量を測定しました。それぞれの検査結果も報告され、思いのほか多くの保菌量に、多くの受講生が驚いていました。



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