第5回 高崎みどり 助教授「漢方薬を知る」



●「漢方薬」とは、複数の「生薬」を組み合わせて作られたもの。
 漢方医学は、大陸との交流によって七世紀頃に伝来した中国の伝統医学が基礎となり、日本で独自に発展してきた医学です。「漢方」いう呼称は、江戸時代に伝来して「蘭方医学」と呼ばれた、オランダ医学と区別するために日本で作られました。ですから、中国には、「漢方」という言葉はありません。漢方医学は、中国の伝統医学をベースにしてはいますが、まったく別のものなのです。
 日本に現存する最古の薬物は、光明皇后が756年に夫である聖武天皇の供養のために、東大寺盧舎那仏(ぐしゃなぶつ)に献納したものだといわれています。献納された60種類の薬物は、奈良の正倉院に収められている「種々薬帳」というリストに記載されていますが、この中には現在でもよく使用されている生薬がたくさん含まれています。
 ところで、「生薬」イコール「漢方薬」と思われている方も多いようですが、実はそうではありません。たとえば、昔から馴染みのあるセンブリやドクダミといった生薬は、理論的、体系的な根拠があって使われてきたわけではなく、長年にわたる経験や伝承によって、いわば生活の知恵として用いられてきたものです。こうした生薬は、いわゆる民間薬といわれるもので、「単味」といって、通常は1種類のみで使われるのが特長です。これに対して、漢方薬といわれるものは、体系的、理論的な診断方法や治療方法に基づいて、医療用として使われる薬物です。民間薬と異なり、数種類の生薬を一定の割合で組み合わせ、処方して使われます。
 ただし、民間薬として使われてきた生薬の中には、キハダ、クス、ショウガなどのように、漢方処方にもよく利用されるものがあります。

●効き目は、「湯」「散」「丸」の順。
 漢方方剤では、「湯(とう)」「散(さん)」「丸(がん)」という3つの剤形がよく使われます。
 「湯」は、輸液状のもので、いわゆる煎じ薬です。代表的なものには、「葛根湯(かっこんとう)」「桂枝湯(けいしとう)」「小柴胡湯(しょうさいことう)」などがあり、漢方薬ではもっとも多く使われる剤形です。
 「散」は、生薬を粉末状にしてそのまま飲むもので、「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」「安中散(あんちゅうさん)」などが有名です。
 粉末状にした生薬にハチミツなどを加え、丸く固めたのが「丸」です。代表的な丸薬には、「八味地黄丸(はちみじおうがん)」「六味丸(ろくみがん)」などがあります。「湯」「散」「丸」以外に「紫雲膏(しうんこう)」のような軟膏タイプもあります。
 現在、漢方薬は、抽出液として加工され、細粒、顆粒、錠剤、カプセル剤などとして飲まれることが多くなっています。顆粒や錠剤は、煎じる必要がないので手軽に服用できる上、保存や携帯に便利で、品質を長く保てるというメリットがあります。しかし、薬の効き目という点からいくと、「湯」「散」「丸」という本来の形で服用するのがベストでしょう。

●生薬の性質と役割で異なる薬効。
 漢方処方を構成する生薬は、それぞれ「薬味」と「薬性」によって分類されます。
 薬性とは、からだを冷やすのか、暖めるのかという性質のことで、その度合いによって「寒」「涼」「熱」「温」の4種類に分けられます。一方、薬味は、からい、すっぱい、苦いといった味による性質のことで、「辛」「酸」「甘」「苦」「鹹(かん)」の5つに分けられ、それぞれの味によって、薬能も異なります。ちなみに、「鹹」は、塩辛い味のことで、乾きを潤し、水分を調節する働きがあります。
 このように、使用する生薬の性質と組み合わせを見れば、からだのどこに、どのような状態で作用するか、どのような症状に効くのかが分かります。
 たとえば、桂枝湯は、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、大桑(たいそう)、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)の5種類の生薬を使った処方で、もっとも基本的な組み合わせのひとつです。これに葛根と麻黄(まおう)を加えると、有名な葛根湯になります。葛根湯は、比較的体力があって、かぜの初期症状に使われる処方で、ひきはじめに飲んで汗をかくと、かぜがふっ飛んでしまうという効果があります。この他、桂枝湯と小柴胡湯を加えれば桂枝小柴胡湯になり、五味子(ごみし)、細辛(さいしん)が加われば、小青竜湯になるというように、組み合わせによってまったく異なる薬効が現れます。
 さらに、生薬には、それぞれ役割分担があり、「君薬」「臣薬」「佐薬」「使薬」の4つに分類されます。「君薬」は、作用の中心的役割を果たす生薬のことです。君薬に次いで重要な役割を果たすのが「臣薬」です。君薬を助ける役割を持つのが「佐薬」、君臣と佐薬の補助的役割を果たすのが「使薬」です。
 たとえば、桂枝湯の場合、君薬となるのは桂皮ですが、これを葛根湯に置き換えてみると、君薬は葛根で、桂枝湯で君薬だった桂皮が臣薬になります。このように処方、組み合わせによって、それぞれの生薬の役割も変わってきます。
 講義の後半は、受講生自ら実際に生薬を使って葛根湯と小青竜湯を煎じ、試飲する実習も行われました。



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