第7回 古川敏紀 氏「災害と動物資源」



 10月31日、サテライト講座の第7回として、倉敷芸術科学大学生命学部生命動物科学学科教授の古川敏紀氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
●災害時、動物の救出が困難な日本。
 日本には現在、犬が1300万頭、猫が1200万頭、その他の動物がおよそ3000万頭いるとされています。動物の方が人間の子供の数より多く、今や国民の4人に1人が何らかの動物を飼っていることになります。
 地震や津波などの災害が起きた時、私たちは動物をどう扱えば良いのでしょうか。阪神大震災後に余震が続き避難勧告が出されました。この時、犬は一緒に避難させられないということで、庭につないだまま残し、人間だけが避難しました。人が生きるか死ぬかの場面では、動物も生き延びられるように自由にしてやるのが本来のやり方だと思います。しかし、現実には、犬を残して逃げるしか手だてがなかったのです。
 これには、理由があります。もし、1300万頭の犬が一斉に避難したと仮定してみましょう。一日に必要なえさの量は、一匹100グラムとして、1300万トンになります。これを47都道府県で割ると、1県あたり毎日28トン、1ヶ月で840トンが必要です。えさ代だけでおよそ1.7億円、輸送費を含めれば、3億円もの費用がかかるのです。避難場所についても、動物を受け入れてくれるところは非常に少なくて、公園などの場合、犬を入れてはいけないところがほとんどです。災害時の動物の避難に関して、行政は何も想定していないのが現状です。これでは、犬や猫を一緒に連れて安心して避難することなどできません。

●問題は法的根拠のない動物救護。
 一方で、国民の動物愛護の意識は、非常に高くなっています。阪神淡路大震災や新潟中越地震の時も、ボランティアが大勢かけつけて取り残された動物たちを救出しました。しかし、これを知って驚いたり、特別のことだと感じた人はおそらくいないでしょう。今の社会は、動物を「資源」と見なし、何かあれば救護するのは当たり前という感覚になっています。実際、動物の救護は、私たちのまわりで日常的に行われています。
 つい最近も、広島のドッグパークで放置されていた犬たちを、動物愛護団体などのボランティアが救出に行きました。虐待された犬を見て、手を差し伸べようとする気持ちは分かります。ただ、かわいそうというだけで、安易に動物を助けるのは問題です。ドッグパークのケースでは、弱った犬を運び出したり、里親に引き取ってもらったりしていますが、虐待があったからといって、他人の所有物を勝手に処分することが法的に許されるのかどうかが問題であり、広島市は苦慮しています。
 また、徳島県の那賀川で見つかったアゴヒゲアザラシの「なかちゃん」は、ボランティアからはじまって、最終的には市町村、警察、県や国土交通省など、行政総出で保護に乗り出しました。「野生動物のけがは、基本的に静観する」というこれまでの行政の考え方から一歩踏み込んで、生命の危険があると専門家が判断した場合は、行政機関が連携して救出にあたるということになったわけです。しかし、これには法的根拠は何もありません。
 「なかちゃん」は、その後死亡しましたが、死体をどうするのか決まらず、いまだに冷凍保存されています。動物の死体が公共地で見つかった場合、通常はすぐに焼却処理されます。しかし、法的に何も決めないまま、行政が保護に関与したことで、簡単に消却処分するわけにもいかず、対処のしようがなくなってしまいました。
 動物の保護をしていくには、どんな動物がどのくらいの数いるのか、どのように扱われているのか、といったことをきちんと把握しておくことが必要です。また、動物の保護に行政機関が関与するケースが増えているので、今後は動物の保護や救済のための財源の確保を考えていかなければならないと思います。

●動物に対する緊急時対策の整備が急務。

 アメリカでは、動物愛護協会やアメリカ獣医師学会、FEMA等、動物や災害などに関わるさまざまな団体が、災害時の動物への対応法を書いたパンフレットなどを配り、啓蒙に努めています。そこには、「災害時に避難する時は、必ず動物を一緒に連れて行きなさい」と書かれています。また、具体的な対策として、以下のように指示しています。
(1)緊急時のために、えさを防水性の入れ物に入れて、3日分用意しておく。
(2)水を3日分用意しておく。
(3)病院と病歴を書いておく。
(4)応急キットを用意しておく。
(5)IDタグのついた首輪をつけておく。
(6)キャリアを用意しておく。
(7)排泄物の処理袋やタオルを用意しておく。
(8)飼い主と離ればなれになった時のために、一緒に写った写真を用意しておくこと。
(9)お気に入りのおもちゃを用意しておく。
(10)事前に家族で対応の仕方を話し合っておく。
(11)動物を受け入れてくれる避難場所を調べておく。
(12)かかりつけ医と緊急時の相談をしておく。
 このほか、ワクチン接種の証明書を用意することや、緊急時の相談先なども記載されています。
 日本では、「動物愛護法」の中で、家庭動物の緊急時対策として、飼い主は移動用のキャリアやえさなどを用意し、災害が発生した場合は、すみやかに動物を保護すること。また、動物避難用の場所の確保に努めることなどが書かれています。また、「動物が自己の所有にかかることであることを明らかにするための処置」という法律も環境省から出されています。ここでは、所有者の氏名、電話番号などの連絡先を記した首輪を付けておくことや、所有者情報が特定できる記号が記載されたマイクロチップや足輪などを装着することが規定されています。ただし、ほとんどの方は、法律で動物に対するこうした対策が義務づけられていることを知らないのではないでしょうか。
 動物がかわいいと思う気持ちは、多くの人が自然に持っているものだと思います。しかし、災害時の動物の救護については、法律があっても、ほとんど知られていない上、誰が何を行うのかも明確になっていません。少なくともアメリカでは、3日間は所有者が責任をもたなくてはならないと規定し、その後は、行政がさまざまな対応をしていくことになっています。今後は、日本でも、動物の救護に関してどこまでが個人の責任で、どこまでが行政の責任なのか、きちんと議論していくことが重要です。
 災害という特殊な状況下で、人間は動物とどう関わるべきか、改めて考えさせられる講義となりました。



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