第8回 増澤俊幸 氏「動物由来感染症~輸入動物を介した侵入リスク」



 11月30日、サテライト講座の第8回として、千葉科学大学薬学部免疫微生物学研究室の増澤俊幸教授による講演が行われました。ここでは、その一部を紹介します。
●注目される動物由来感染症。
 2003年に重症急性肺症候群(SARS)が出現し、世界的に大流行しました。SARSは、コロナウイルスという病原体により引き起こされる新興感染症で、ハクビシンやコウモリがウイルスの保有体と推測されています。
 SARSや鳥インフルエンザなどの流行で、日本でも最近になって動物を介した感染症が注目されてきましたが、実は過去30年の間に新しい感染症が次々に見つかり、その多くが動物由来の病原体であることが明らかになっています。たとえば、エイズウイルスは、アフリカのサルやコウモリがルーツとされています。また、腸管出血性大腸炎、いわゆるO157は、鳥や牛などの家畜類が保有体であることが分かっています。
 SARSが、世界的に流行した理由の1つとして、交通手段の発達により、飛行機などで感染者があちこちに移動し、病原体が散らばったことが考えられます。様々な感染症が、世界中に拡大する危険性が高まっていることから、現在、厚生労働省でも動物由来感染症に対する監視体制を強化しています。

●油断できない狂犬病への感染。
 動物由来感染症の代表的なものには、狂犬病、鳥インフルエンザ、猫ひっかき病、オウム病、レプトスピラ症などがあげられます。
 たとえば、狂犬病ウイルスは、猫やコウモリなど犬以外の動物も持っていて、これらの動物にかまれたり、ひっかかれたりすると感染します。現在、狂犬病が制圧されている国は、日本を含め、オーストラリア、イギリス、アイスランドなど10ヶ国程度しかありません。世界的にみると、狂犬病が存在する国の方がはるかに多く、海外では人間が狂犬病を発症することは、決して珍しいことではありません。先日、京都で狂犬病に感染した男性が死亡する事件がありました。日本で狂犬病患者が出たのは、1970年以来36年ぶりのことでした。実はこの方は、フィリピンで犬にかまれて感染したといわれています。このケースのように、日本以外の国で感染する可能性があるということを認識しておくことが必要です。幸い、狂犬病ウイルスは、感染から病気の発症まで、数ヶ月から半年くらいの潜伏期間があります。犬にかまれた場合は、すぐにワクチンを接種しておけば、発病を予防することができます。しかし、いったん発病するとほぼ100%死に至るので、狂犬病のある国へ渡航する場合は、あらかじめワクチンを接種しておいた方がいいでしょう。

●ネズミが感染源となるレプトスピラ症。
 レプトスピラ症は、1960年位まで、日本では年間300人ほどの人が亡くなる非常に重大な感染症でした。レプトスピラ菌の感染源は主にネズミですが、犬や家畜なども持っています。保菌動物は腎臓にレプトスピラ菌を持っていて、尿中に排出します。多くの場合、汚染された尿がしみ込んだ水や土壌を介して、皮膚や口から人に感染します。
 レプトスピラ症には、様々なタイプがありますが、最も重症なものは、「黄疸性出血性レプトスピラ症」です。通称ワイル病といわれ、猛烈な熱と血尿、たんぱく尿などが出て、治療しなければ20~40%の致死率になります。また、「秋季レプトスピラ病」は、昔から「秋疫(あきやみ)」といわれる風土病として知られています。ワイル病より軽症ですが、秋の稲刈りの時期に農家の人の間で流行る病気とされていました。稲が実ると、ネズミが田んぼに入るため、農作業の際に感染するわけです。
 衛生環境の改善や農作業の機械化などによって、近年レプトスピラ症の発症数は激減しています。しかし、感染の危険性がまったくなくなったわけではありません。最近は、川での水泳やシーカヤックなどのレジャー、井戸水の飲用など水との接触で感染するケースが多く、沖縄県では、毎年、数例から20例位の患者が出ています。また、全国のネズミのレプトスピラ菌の保有率を調べたところ、平均で2.5%という結果が出ました。一見少ない数字に思えますが、生息場所によって高いところもあり、沖縄は4%、名古屋のマンホールだと7%にものぼります。これを見る限り、国内で感染する機会はいくらでもあるわけで、決して過去の病気とはいえません。
 レプトスピラ症は、ワクチンの接種で予防できます。しかし、血清型によってはワクチンがないものもあるので、汚染の可能性のある不潔な川や土壌に不用意に入らないように注意することが必要です。

●輸入動物から感染する危険性も。
 中国、フィリピン、タイ、インドなどでは、現在でもレプトスピラ症は日常的に発症しています。南米でも近年大流行し、世界的に見れば、数多くのレプトスピラ症患者が出ているのが現状です。
 私が実際に診断したケースですが、昨年、静岡市のペット輸入業者の男性2名がレプトスピラ症を発症しました。販売用に仕入れた動物の一部についてレプトスピラ菌の培養検査をしたところ、アメリカから輸入されたアメリカモモンガが感染源であると判明しました。この輸入業者は、約100匹のアメリカモモンガを輸入管理していましたが、そのうちの約半数からレプトスピラ菌が検出されました。ここで飼われていた動物はもちろん、すでに市場に出てしまっていた動物も保健所で追跡調査し、すべて殺処分したため、患者の大量発生を食い止めることができました。
 現在、日本では、1年間に約200万頭の動物が輸入されています。ただし、これは、価格が20万円以上のもので、それ以外の動物を含めれば、さらに数は増えると考えられます。静岡の事例からも明らかなように、輸入動物を介して様々な病原体が国内に持ち込まれ、感染症を発症する危険性があることを認識していただきたいと思います。

●予防策は動物と適度な間隔を保つこと。
 厚生労働省は、昨年の9月からすべての輸入動物について、届け出制度を導入しました。以前は、犬やサル、プレーリードッグ、コウモリ、きつね、アライグマといった特定の動物についてのみ、輸入禁止や検疫処置がなされていました。しかし、現在は、すべての輸入動物について「衛生証明書」を添付しないと国内に持ち込めなくなっています。販売や展示を目的とした動物に限らず、海外赴任先で飼っていたペットを一緒に連れて帰国するような場合でも、衛生証明書がないと処分の対象となるので、この点はぜひ気をつけていただきたいと思います。
 近年、人間と動物の関係は、非常に密接になっています。犬や猫などは、家族の一員として家の中で暮らすことが多くなり、アニマルセラピーなどの普及により、障害者やお年寄り、子どもたちが動物と触れ合う機会も多くなりました。また、変わった動物を飼いたいという欲求が高まり、日本には生息しない珍しい動物が数多く輸入されるようになっています。動物由来感染症は、人だけが被害者になるわけではありません。人から動物に感染し、動物が重篤な感染症を発症するケースもあります。感染症予防のためには、動物との過剰な触れ合いを避け、適当な間隔をとったつきあいかたをすることが大切です。また、動物を飼う場合は、責任を持って飼育し、常に動物の健康に気を配るようにしましょう。
 動物の持つ病原体の危険性や人間と動物の関わり方について、最近起きた感染症の事例を交えた分かりやすい内容の講義となりました。



CLOSE