第10回 渡辺研司 氏「企業経営における事業継続マネジメント〜その戦略的重要性」



 1月23日に行われた第10回目のサテライト講座では、長岡技術科学大学大学院技術経営研究科助教授の渡辺研司氏が講演されました。ここでは、その一部をご紹介します。
●高まるBCMの重要性。
 事業継続マネジメント(BCM)は、現在、非常に重要視されています。従来のリスクマネジメントは、何か起きたら対応するという考え方でした。これに対し、BCMは、基本的に事故や災害が起きることを前提とした危機管理の手法です。事故や災害は、いくら人間が知恵をしぼっても起きてしまうものです。その不測の事態に備え、通常業務の落ち込みを最小限に食い止め、可能な限り早急に元の操業レベルに戻す体制をつくっておこうというのが、BCMの考え方です。
 現代は、ネットワーク型の社会です。たとえば、製造業の場合、製品は必ずしも1社で作られるわけではありません。部品の製造、配送、メンテナンスまで数社に分担され、いわゆるサプライチェーンの中で提供されるようになっています。分担されているがゆえに、効率性が上がり、得意分野の企業へ集中的な投資ができ、消費者にとっても、品質のいいものが安く手に入るというメリットがあります。しかし、不測の事態が起きて、原材料の調達先や納入先が動かなくなると、他のオペレーションも停止せざるを得なくなってしまいます。また、こうしたネットワークの世界では、さまざまなシステムや機能を使っているため、どこに原因や責任があるのか究明するのに時間がかかり、その間に経済的被害が広がってしまうといった弱点があります。サプライチェーン化によって利便性が向上した反面、いったん障害が起こると全体の機能が止まってしまうというリスクが高まっていることから、BCMへの取り組みが必要とされているのです。

●BCMの導入が企業価値を高める。
 企業経営の方法論や標準化が進む今、財務状況だけでは、企業の善し悪しは判断できなくなっています。それでは、何が差別対象になってきているかというと、ビジネスモデルや技術そのものの優位性、マーケットや消費者に対するブランド力、信頼感などです。中でも信頼感は非常に重要です。最近は、それまで順風満帆だった企業が、何か起きたことをきっかけに、社長が退任に追い込まれたり、株価の下落を引き起こし、一気に信頼を失ってしまうといったケースが多く見られます。
 企業価値は、構築するのに時間がかかりますが、下がるのは早く、これが長期的な売り上げや利益、顧客、取引先の減少につながってしまいます。いったん失った企業価値は、コストをかけて再構築しようと思っても、容易に取り戻せるものではありません。企業としての信頼を得て企業価値を向上させるという意味で、BCMの導入は、もはや経営戦略的に不可欠といえます。

●地域との情報共有が重要。

 地震のような広域災害が起きた場合、企業は地域と共に被災します。そのため、BCMの導入を考えるとき、企業が地域コミュニティーとどのように情報を共有するかが、非常に重要になります。国内の小売業や製造業は、この点をとくに強く意識しています。自分たちが作っている商品のお客様は地域の人であり、工場で働く従業員の多くが地域の人たちだからです。
 新潟中越地震のとき、ある米菓工場では、被災後も製造ラインを停めませんでした。製造をストップしたことが知れわたると、営業マンが苦労して確保したコンビニやスーパーなどの棚を失い、その結果、製造に携わる工員たちの収入を閉ざすことになってしまうからです。このときは、工場の一角を育児所として使い、子どものいる社員が出社できるようにしたり、工場に来る支援物資を他の被災者にも配ったといいます。企業にかかわる地域の人たちの労働や生活を継続させることで、結果的に企業も存続できたわけです。
 このように、地域におけるBCMの実践では、営利活動とは別に「企業市民」として地域に貢献するといった幅広い考え方で計画を立てることが必要です。また、各自治体の防災計画との事前調整を行っておくことも重要です。

●単純バックアップから拠点間相互バックアップへ。
 ITによって、企業のオペレーションが増々高まる中、災害の際にITシステムをいかに維持し続けるかも非常に重要な課題です。データベースをすべてバックアップしておけばいいという安易な考えがありますが、データだけ守っても、実際にそれを扱う人が出社できなかったり、オフィスが被害にあってホストコンピュータが使えなければ、業務の継続は不可能です。ニューヨークの企業などでは、隣のニュージャージー州に別のワークスペースを設け、災害時には、別の場所で業務を引き継ぐことができるようにしています。東京と大阪に会社があるような場合は、日頃から東京の取引の処理を大阪で30%行い、大阪でも東京の取引の処理を30%するというように互いに補完しあっておくと、どちらかが大きな打撃を受けても、ある程度の業務は続けられます。パフォーマンスが多少落ちても、耐えきるためには、単純なデータのバックアップだけではなく、お互いの業務をカバーしあえるような拠点間のバックアップシステムを構築しておくことが必要といえます。

●広域災害時の対応を構築することが急務。
 広域災害の際、企業は従業員の安否や設備・システムの状況、取引先の被害程度、電気、ガス、水道などのライフラインの復旧見込みなどをいち早く確認し、状況に応じて対応することが求められます。しかし、実際には、電話や携帯などの通信系に障害が起きて確認がとれなくなったり、正しい情報の入手が困難になることが予測されます。また、道路交通、燃料や水、宿泊施設、建機・重機などは、官民の間で取り合いになり、不足する事態が生じます。
 いずれにせよ、災害や事故が起きたとき、従来のような事後対応策ではもはや立ち行かないのが現状です。政府としてもBCMの導入促進に動き始め、経済産業省、中小企業庁、中央防災会議、内閣官房などがそれぞれガイドラインを出しています。また、昨年「事業継続推進機構」というNPO法人を立ち上げて、学者や企業、行政の専門家がノウハウを共有したり、さまざまな分析を行うほか、BCMの資格試験も実施し始めました。今後は、企業のBCM体制を構築するために、研修やトレーニングを通じてプロフェッショナルな人材を育成し、事業継続にかかわる専門職として定着させていくことが課題だと思います。
 大規模地震の発生が懸念されているだけに、経営における危機管理体制の構築がいかに重要かを改めて認識されられる講座となりました。



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