第12回 宮林正恭 教授・副学長 「危機管理の問題点と今後の方向 〜最近のトピックスに触れながら」



 3月27日、2006年度サテライト講座の最終講演として、千葉科学大学危機管理学部の宮林正恭教授による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
●「リスク管理」と「クライシス管理」。
 リスク危機管理業務の一般的な手順は、大きく「リスク管理」と「クライシス管理」に分けられます。「リスク管理」はもともと保険用語で、リスクを管理することで保険金をできるだけ支払わなくてすむようにと考え出された概念です。「クライシス管理」は軍事用語で、ケネディ大統領の時代、キューバ危機にどう対処するかという状況から生まれました。
 「リスク管理」は「リスクの抽出と認識」からはじまります。リスクの内容を分析し、「回避策」「軽減策」「危機に対する準備」という3つの対策に分かれていきます。特に「準備」では、緊急行動計画や行動マニュアルの作成、体制や機材の整備、訓練と演習、情報の収集と監視、リスクコミュニケーション等が行われます。
 この後の段階が「クライシス管理」で、「危機の認知」「緊急対応行動」「危機の終了の告知」「危機対応のフォローアップ」があります。この中では「危機の認知」が非常に重要です。日本の企業の多くは、この段階で楽観論に陥りがちです。不二家などのケースでは、この「危機の認知」の段階で、あまりに軽く考えていたのではないでしょうか。最初に知った時、その重要性に気づき、適切な行動をとっていれば、今のような危機的状況にはなっていなかったと思われます。

●危機の時こそ、経験に裏打ちされた直感が重要。
 緊急時、人間はいくつかの特徴的な行動をとります。たとえば、思いこみは途中で改められない、異常を示すデータを無視しがちになる、思考が停止する、身近なことに関心が集中する、とっさの行動がとれない、などです。また、本能に反する行動は訓練なしにできないということもあります。これは、人間は頭で判断しているのではなく、実際は直感で判断しているということです。その判断が正しいかどうかをチェックするのが頭で考えるという行動で、正しくなければ修正するのです。危機の時、人間は直感で判断しがちです。その直感は、その人の過去の経験などが脳の中でコントロールされて出てくると考えられます。従って、経験したり考えたりすることは、直感を養う上で非常に重要なことといえるのです。
 危機管理に関する法則として皆さんに知っておいてほしいものに、ハインリッヒの法則があります。これは、「1つの重大な事故(大失敗)には、29の中事故(中トラブル)があり、300の軽事故(小トラブル)が隠れている」というものです。この意味するところは、小さなトラブルや中トラブルをつぶしていけば、大きなトラブルは避けられるということです。また、1:10:100の法則というものもあります。「準備計画段階でミスを発見した場合の改善費用を1とすると、最終工程で発見すると改善費用は少なくとも10倍になり、市場に出てしまった後では100倍以上になる」というものです。見つけたトラブルは、すぐその場で解決することがいかに重要か、よく分かる言葉だと思います。

●組織のリスク危機管理の構造上の問題点。
 今の日本の中では、企業などの不祥事が頻繁に起こっています。そうせざるを得ない企業カルチャーがあるのではないでしょうか。しかし、企業カルチャーを変えられるのはトップだけなのです。人事権、予算決定権、組織改編権、意思決定権、拒否権、職員への指示権などはトップが持っています。リスク危機管理ができないトップは、トップとしての資格がないと言っても過言ではないのです。
 しかし、そうは言っても、実際に動くのは組織内の個人です。個人で何かやった場合、責任を問われるのは組織です。たとえば、社会保険庁のケースがあります。申請もしていない人を減免措置してしまう。やったのは一握りの人間なのでしょうが、今や問題は社会保険庁の存続の可否にまで発展しています。各個人がしっかりしなければ、結果的に組織そのものの崩壊につながりかねない。その意味では、各個人の行動が非常に重要になります。トップの責任と言いつつ、各個人の行動が重要というのは矛盾するようですが、リスク危機管理を組織で行うことの難しさがここにあるのです。
 リスク危機管理を行うにあたって、企業トップから職員まで、同調して行っていくことをリスク危機管理コミュニケーションといいます。リスク危機管理は1人だけではできません。チームを作り、システムを組む必要があります。そのチームや動きやすい環境を作るのもリーダーの責任です。リーダーは常に判断し、決定しなければなりません。Aを取るかBを取るか、大きな責任の渦中にいます。リーダーも人間である以上、間違いも犯します。間違った時、それに気づいたら、ただちに正しい方向に進めるかどうか、トップの資質として非常に重要なポイントです。

●心身ともにタフな人材の育成が求められている。
 リスク危機管理において重要な点は、まず、余裕を持つということです。危機の時は異常心理になりやすい状況です。戦争などで残虐な行為が行われるのも、精神的に余裕のない時です。精神的な余裕を持っておくということは、冷静さを早く取り戻すことにつながります。2つめは人事の重要性です。いくら知識があっても、リスク管理に適した人材とそうでない人材がいます。適切な人材をリスク危機管理部門に配置しなければいけません。3つめは、ロジステックス部門を重視するということです。この部門は危機管理を行う部署を補給などでサポートしています。しかし、なかなか正当に評価されにくい部門でもあります。そういう立場では屈折した心情になりがちで、これがいろいろな面で害を及ぼしがちです。彼らの位置づけをしっかり行い、正しい処遇を行うことが必要です。4つめは社会の新しい動きを常に把握しておくということです。個人情報保護法など、新しいルールもどんどん施行されています。談合や接待などの行動も、社会的許容度の変化に伴い許されなくなってきています。これらの新しい動きに常に目を向けていなければいけません。
 現代は変化が激しく、非常に流動的な時代になっています。立ち止まって考えることも許されません。じっくり考えるにしても、常に時代の流れを意識しながら考えていく必要があります。個々の人間にとっては、ストレスのかかる状況です。それに対応するためには、まず心身ともタフなことが必要です。
 教育の現場にいて思うことは教育の低下です。学校で学ぶ知識の量は毎年、飛躍的に増えています。そういう状況の中で、「ゆとり教育」は弊害でしかありません。むしろ、教育が第一に意識しなければならないのは、このような時代に生き抜いていく精神的あるいは肉体的タフネスさを育てることではないでしょうか。実際、みなさんの会社の中でも、そういうタフな方が生き残っているのではないかと思います。
 危機管理に関する現状と問題点、今後の方向性など、事例を織り交ぜながら多岐にわたる解説が行われ、有意義な最終講演となりました。



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