高校生のための危機管理講座-1「現代社会を生き抜くための力を身につけよう」
嶌信彦氏(コメンテーター)




 7月27日、「2007 トライアルキャンパス」の1回目として、コメンテーターの嶌信彦氏、危機管理学部防災システム学科教授の宮林正恭氏、危機管理システム学科教授の酒井明氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
●身近な危機に備えよう
 現代は、不安と共生する時代です。毎日食べている食品に異物が入っていることもあれば、交通事故だけで年間1万人がなくなっています。つい最近も、原子力発電所の放射能漏れ事故で、大騒ぎになったばかりですが、盗難や災害、地震もいつ来るかわかりません。そういう意味で、我々は常に不安と共生しながら生きているのが実情ではないかと思います。
 危機管理には、会社の危機管理、組織の危機管理、国家の危機管理など、いろいろな危機管理がありますが、まずは身近な危険や不安について、自分なりにどうやって突破していったらいいかを考えることが必要だと思います。
 危機管理は、起こってしまってからどうするかも大事ですが、起こる前にどのようなリスク管理をするのかが大変重要です。戦争中にイラクに入国していたある日本のNGOは、命の危険から自分の身を守るために、できる限り多くの情報を収集し、安全な方策を取りながら活動していました。たとえば、地元の有力者や他の国のNGOと毎日情報交換する、SPをつける、目的の場所に向かうのに毎日道を変えるなど、面倒なくらい慎重な行動をとっているのです。NGOの人たちが、危険な地域で活動しながら、事件に巻き込まれることが比較的少ないのは、こうした危機管理を行っているからなのです。
 たとえば、試験に向かう途中で、電車が止まってしまったとしましょう。どうも試験に間に合いそうもないという時、皆さんはどのような行動をとりますか?
 まずは、携帯で学校に連絡を取り、その時、相手の名前を聞いておくことが必要でしょう。万が一、試験が受けられなかった時に救済措置はあるのか、ない場合にはどうしたらいいのかといったことをすべて知った上で行動することが大事だと思います。何もせずに、ただ電車が動くのを待っているだけでは、危機管理にはなりません。そういう意味で、常日頃から、危機が起きた時に、どう行動すべきかを考えておくことが大事だと思います。

●情報は不安を解消する
 実は、3年前の新潟中越沖地震の時、私は、上越新幹線に乗っていました。この時、線路から落ちるのではないかというくらいの大きな衝撃を受け、列車は止まってしまいました。私は、新聞記者だったこともあり、いつも携帯ラジオを持ち歩いています。すぐにラジオを付けたところ、マグニチュードや震源地、余震が本震と同じような大きさで今後何度も続くだろうということが分かりました。電波の状態が悪く、ラジオはそのうち聞こえなくなってしまいましたが、それでも30〜40分の間に、地震の状況について、大まかな情報をつかむことができました。ところが、肝心の新幹線の中では、「地震が発生しました。今線路の状況を確かめています。状況がはっきりし次第、発車しますのでお待ちください」といった放送を繰り返すだけです。これが、30分程度なら我慢できますが、1時間たっても、2時間たっても動かないということになると、乗客は不安になってきます。危機的状況に直面した時、情報が分からないということが、人間にとって最も不安なことなのです。何か起きた時に、人々が妄想にかられてパニック状態に陥らないためには、今自分がどういう状態におかれているのか、それがどのくらいで解消できるのかといった情報が非常に重要だと思います。個人としても、一体自分がどういう状況にあり、どのように行動したらいいのかを考えて、それを周囲に伝えたり、協力を求めることが重要ですし、終わった後に、それを総括して、関係者に伝えることも、危機管理上、必要不可欠なことだと思います。私は仕事柄、これまでさまざまな危機的状況に直面してきましたが、その度に、必ず今自分にできることは何なのかをとことん考えます。そして、考えつく限り、すべてやってみることにしています。そうすると、案外道は開けるものです。

●リスクを恐れないで生きよう
 私は、毎日新聞に入社して20年間記者として働き、その後退社して、フリーで仕事をしてきました。そのまま会社にいれば、管理職としての道が待っていましたが、私は、記者として現場に残りたかったので、辞める決心しました。経済的な安定性や地位といった面で、会社を辞めることは、リスクのある決断でしたが、自分の生き方を考えた時に、失敗しても好きな事をやりたいと思ったのです。どんな人生にも、リスクは必ずあります。また、ある程度のリスクを取らないと、利益は得られないし、面白い人生も歩めません。ローリスク・ローリターンがいいのか、中リスク・中リターンがいいのか、ハイリスク・ハイリターンがいいのかは、それぞれの人や企業、国家の置かれた条件や状況によって違いますが、いずれにせよ、私はリスクを恐れてはいけないと思っています。リスクがあったら、それを最小限にするために、できるだけたくさんの情報を収集し、その情報を結び合わせ、自分がどう動いたらいいかを考えながら、さまざまな道を選択していくことが大切です。
 この先の50年間を考えると、おそらく環境問題は最大のリスクになるでしょう。また、日本では、人口減少も大きなリスクのひとつです。現在、日本の人口は、およそ1億3000万人ですが、あと30年もすれば、7000〜8000万人になってしまいます。これは、日本の経済にとっても、世界における日本の地位にとっても、非常に大きな問題となるでしょう。
 そういう意味で、これからの時代は、身近な危機と同時に、少子高齢化、人口減少、環境、核の問題など、自分たちの生活とは一見関係なさそうな大きな危機に対しても、視野を広げておくことが重要だと思います。
 具体的な体験を交えた講義で、日頃から危機に備えることの大切さを理解することができました。



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