高校生のための危機管理講座-2「リスク危機管理とは何か」
千葉科学大学危機管理学部 防災システム学科 宮林正恭 教授




●変化への対応が危機管理の基本
 危機管理という言葉は、何か危険が起こってから対処するという印象が強いと思いますが、本来は、危機に備えて準備することを意味します。高校生の皆さんにとっては、これから人生を歩む上で、不幸なことや困ったことにできるだけ遭わない方法を考えること、もし起こってしまったら、最小の被害で食い止めることだと捉えていただくと分かりやすいでしょう。
 人間は通常、「現状がどうなのか」、「現在がどう変化するのか」といった状態を中心にしてものを考えます。これに対して、リスク危機管理では、常に変化することを想定し、その変化にどう対応するかを考えるのが特徴です。
 リスク危機管理には、100%完全なものはありません。通常の学問大系では、部分ごとに最適化されていれば、全体としても最適になるという考え方をしますが、危機管理の領域では、部分的に矛盾があっても、全体的としてうまくいけばいいと考えます。簡単に言えば、一部に問題があった時は、朝令暮改でどんどん変えていけばいい。途中の経過は、いろいろあっても、最終的にいい結果が得られればいいじゃないかというのが、リスク危機管理の考え方です。具体的には、どんなリスクがあるのかリストアップし、次に、そのリスクへの対応策を考えます。場合によっては、逃げた方がいいし、逃げられないのであれば、軽減策を講じます。いずれにしても、危機が起こることを想定して、対応策を準備しておくわけです。危機が発生したら、準備した対応策を実行し、危機が終わったら、再発防止策や、対応策の改善をするというのが、基本的な流れです。

●人生の選択には総合的な判断が必要
 高校生の皆さんは今後、どんな進学先や就職先を選ぶのか、どんなパートナーを選び、どんな人間関係を築くのかといった問題と向き合っていかなければなりません。将来どんな人生を歩むのか、その方向性を決める上でも、リスク危機管理の考え方は必要不可欠だと思います。
 たとえば、父親が事業をやっている家庭のお子さんが進学するケースを考えてみましょう。そのお子さんが、家業を継ぐことを求められていると仮定した場合、リスク要因として、進学と家業を継ぐことが矛盾している可能性があること、家業の将来性に対する危惧、本人の性格と家業が合わないといった問題もあげられます。選択肢としては、「家業を中心に考える」「本人に適した道を考える」「自由度の高い道を選び問題を先送りする」という3つがありますが、どの選択がいいかは、一概には言えません。要は、現在の成績や意欲、家族や友人との関係など、自分自身の状況に加えて、家庭の経済状況、社会環境の見通し、大学の環境はどうかといったことを総合的に考え、自分自身で判断していくしかないのです。我々が犯しやすい大きな誤りのひとつは、情報がすべて揃ってから判断しようとする点です。しかし、現実には、情報が100%揃うことはありません。確かに、人に意見を聞いたり、情報収集することは必要ですが、最後は自分自身の「感」が大事だと思います。また、学問にしろ、スポーツや芸術にしろ、能力を磨くのに最適な時期があります。従って、判断のタイミングが遅れないように、「感」を研ぎ澄まし、早めに方向を決定することが重要です。ただし、一度決定したことでも、だめだと思ったら変更すればいいというのが、リスク危機管理の基本的な考え方ですから、あれこれ迷わず、「とりあえず、こうしておきましょう」というくらいの楽な気持ちで判断していけばいいと思います。

●柔軟さとタフネスさを身につけよう
 お子さんの進路の選択に際しては、ご両親にもリスク危機管理の考え方をよく理解しておいていただきたいと思います。親はとかく自分の経験に基づいて、「これがベストだ」と決めつけがちですが、今の高校生の親の多くは、右肩上がりの最もいい時代に育ってきた世代です。そういう時代の成功経験に基づいて議論をすると、間違った判断をする可能性があります。これからの日本の現状は非常に厳しいと思います。資源も従来のように豊富に使えなくなるでしょうし、人口の減少で日本の地位も下がるでしょう。もはや、我々が経験してきたことが、同じように通用する時代ではありません。社会は常に変化していくものだという事実を認識せずに、「こうすれば絶対うまくいく」と決めつけてしまうことは最も危険です。むしろ、変化に対して、柔軟に対応できる能力が非常に重要になってきます。
 「自分はついているから大丈夫だ」という人がよくいますが、ツキは永久に続くわけではありません。親が最後まで面倒をみてくれることは期待できないし、いつかは、逆に面倒を見なくてはならなくなるでしょう。国が面倒を見てくれるかというと、これもおそらく無理だと思います。従って、一人ひとりが生き残り策を考えることや、タフネスさを持つことが必要になるでしょう。高度な知識や技能で武装するのは、有効な手段ですが、これにも流行があります。たとえば、30年程前は、情報分野に進めば、一生、安心だろうと言われていましたが、最近はもう人気はありません。希少価値がある間は有効ですが、あるレベルまでいくとメリットがなくなってしまうからです。そういう意味では、資格も万能ではありません。そういう厳しい時代にあって、皆さんが「感」を研ぎ澄まし、最もいい道を選んでいただくことを期待したいと思います。
 人生の進路を決める上においても、危機管理の考え方が重要であることを認識させられた講義となりました。



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