「感染防御学における医と食の危機管理」
千葉科学大学危機管理学部 環境安全システム学科教授 長村洋一 教授




●食品添加物は本当に危険か!?
 食中毒の大半は細菌とウイルスによって引き起こされます。食中毒を防ぐためには、細菌やウイルスのない食品をいかに提供するかが大きな問題となりますが、そのためには食品添加物が非常に有効だと私は考えています。
 ところが、一般の人には、食品添加物に関して正しい情報が伝わっていないのが現状です。発がん性があるのではないか、化学合成物質は体に悪いのではないか、味覚音痴になってしまうのではないかといったことが、まことしやかに言われていますが、これはどこまで本当なのでしょうか。
 食品添加物を含めた食の安全性については、無意味な危険を扇動するような本が書かれたり、無知な学者やマスコミがいい加減な情報を流したりして、一般市民の不安をあおっています。たとえば、テレビでよく見かける有名な先生が、「食品添加物の入ったコンビニ弁当を食べた豚がみんな奇形児を産んでしまった。食品添加物は怖いからできるだけ避けなさい」ということを言ったことがありました。しかし、この発言は信頼できる文献などに基づいたものではなく、北九州の新聞に出ていた小さな記事が発端となったものでした。ある養豚農家のおじさんが「うちの豚にコンビニ弁当を食べさせたら奇形児を生んだ。これは、弁当の中の食品添加物が原因だよ」と言ったのを記者がそのまま記事にして、あろうことか、それを大学の先生がテレビで発言したわけです。
 このように、食品添加物をめぐって誤った情報が蔓延してしまっていることに私は大きな危機感を感じています。今や食品添加物に対しては、「危ないから止めよう」という国民的合意が作られてしまい、業界も必要のない無添加に迎合し始めています。実際、あるコンビニのホームページには、弁当類から保存料、合成着色料を完全に排除したと書かれていますし、市場でも化学調味料未使用、無添加調理と書かれている食品が売れるようになってきています。しかし、これはすべて無知に起因する重大な誤りです。

●量を無視した毒性論はナンセンス
 食品添加物は、本来、安全な食生活と豊かな食文化の創造のために使われているものです。ところが、今は安全性に対する不安と食文化を破壊するものとして、逆に問題視されています。このように、食品添加物の利点を問題点に変えてしまっている最大の要因は、量の問題です。化学の世界では、量を無視して毒性論を語るのは全くのナンセンスです。
 化学物質が怖いものになるには、一定の量が必要です。たとえば、海の中にもヒ素やダイオキシンが含まれていますが、海の水に触ったからといって、何の被害も起こりません。これは、量が少な過ぎるからです。
 食品添加物の1日の許容摂取量(ADI)は、膨大な実験結果をもとに、人が一生の間、毎日摂取しても全く問題ないと考えられる数値に決められています。化学物質が存在しても事実上反応が起こらない量を無作用量と言いますが、無作用量しか存在しない物質というのは、化学的に言えば、ほとんど存在しないのと同じことになります。ADIは、その最大無作用量の100分の1とされていて、厚生労働省の使用許可量は、さらにその何分の1かに決められています。そして、実際に食品に使われている量は、それよりさらに少ないのです。たとえば、保存料としてよく使われているソルビン酸の場合は、佃煮を何百キログラムも食べなければ、中毒量になりません。要するに、食品添加物は、そのくらい毒性が低いものなのです。
 食中毒を引き起こす微生物は、ある時間を過ぎると急激に増殖します。実際、不二家の事件では、消費期限を1日過ぎただけで、65倍もの微生物が発生していました。保存料を加えることで起こる障害の可能性と、保存料を止めた時に食中毒が発生する可能性のどちらが高いかといえば、食中毒の可能性の方がおよびもつかないくらい高いと言えます。それでも「保存料の方が怖い」と言われる方がいますが、冗談ではありません。そもそも保存料は、サルモネラ菌、ウェルシュ菌、ボツリヌス菌などによる食中毒の悲惨さを避けるために開発されたものです。保存料の使い過ぎによる弊害から、食品添加物排斥運動が起きた一面もありますが、だからといってこれを全部排除してしまったら、昔の悲劇が戻ってしまいます。技術的な方法でも食中毒の発生をかなり抑制することはできますが、これにも限度がありますから、限りなく安全な保存料を廃棄してしまうのは、愚かなことだと思います。

●食品添加物を敵視する必要はない
 保存料に限らず、ハムなどの発色剤として使用される亜硝酸ナトリウムも発がん性があるとされ、攻撃の対象となっています。実は、亜硝酸ナトリウムに発ガンの可能性があることはどの化学者も認める事実です。しかし、ここでも量を考えてみる必要があります。
 野菜には、1キログラムあたり1000ミリグラムを越える硝酸が入っているものが数多くあります。硝酸のほとんどは体内に入ると、問題とされている亜硝酸に変化します。たとえば、1日350gの野菜を食べると、500〜150ミリグラムの硝酸を食べていることになり、これが体内で100ミリグラムの亜硝酸に変化する可能性があります。ところが、野菜摂取量の多い人ほど、がんになりにくいという膨大な疫学的なデータが出ているのです。一方、使用基準限界までの亜硝酸ナトリウムが添加してあるウインナーソーセージを3個食べても0.5ミリグラムの亜硝酸しか食べていないことになり、野菜よりもはるかに摂取量が少ないわけです。亜硝酸ナトリウムを添加したソーセージは、おいしそうな色を保ち、しかもボツリヌス菌中毒を防いでくれます。このことからも、量を無視して毒性を議論することがいかに無意味であるかがおわかりいただけると思います。食品添加物は、無意味に添加されているものではありません。食品添加物による害よりもメリットの方がずっと大きいわけですから、むやみに食品添加物を敵視する必要はないのです。
 正しい情報の伝達は、危機管理の重要なポイントのひとつです。ところが、「あるある大辞典」の問題やTBSの番組の中で紹介された白いんげん豆を使用したダイエット法で起きた中毒事件などのように、メディアは非常にいい加減な報道をしています。こうした状況を受けて、厚生労働省では正しい知識を伝えるために、健康食品を扱う専門の職種の制度化を検討し始めています。一般市民の方々も、誤った情報に撹乱させられることなく、食の安全性について正しい知識を持っていただきたいと思います。
 食品添加物や食の安全性について、いかに誤解が多いかを認識させられる密度の濃い講義でした。



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