魚の資源と危機管理-2「安全な水について」
千葉科学大学 危機管理学部 環境安全システム学科 永淵修 教授




●生活排水が最大の汚染要因
 近年、河川や海に生活排水などの汚れた水が入ってくることで、様々な影響が出ています。家庭排水の中には、生物が育つために重要な要素である窒素やリンなどの栄養源が入っています。これが大量に海に流れ込むことによって海の中の栄養分が偏り、ある特定の植物プランクトンが大量に発生します。
 プランクトンは生き物ですから、いつか死にます。死滅したプランクトンは海の底に沈む途中で細菌によって食べられますが、その際、海の中の酸素が大量に消費されます。そのため、プランクトンが大量に発生すると海の底の酸素がなくなり、魚が生息できなくなってしまうのです。これを「貧酸素水化」と言います。魚は泳げるので他の場所へ移動することができますが、海藻や貝類などは逃げることができず、全部死滅してしまいます。今、有明海などの閉鎖性の海洋で一番問題となっているのが、この貧酸素水化です。東京湾でも貧酸素水化の影響で青潮が発生しています。貧酸素水化が起こると、海底の泥の中からイオウが発生し、風の影響で海面に上がってきます。これが東京湾周辺の干潟を襲い、アサリなどの貝類を全滅させたこともありました。
 1970年代、瀬戸内海でハマチの養殖が赤潮の被害にあったことをきっかけに、公害に関する法律がたくさんできました。当時は、主に工場排水が海の汚染の原因だったので、それを規制したわけです。しかし、現在は生活排水が海を汚す最も大きな原因となっています。もしこのまま生活排水を流し続けていれば、海の資源はやがて枯れてしまうでしょう。皆さんもそのことを十分考慮し、ご自分の家庭からできるだけ汚れた水を出さないよう心掛けてほしいと思います。

●魚に潜む化学物質の危険性
 肉と魚を食べると、どちらのリスクが高いのでしょう。
 肉については、狂牛病や鳥インフルエンザなどが国内外で大きな問題になっています。西欧諸国では、肥満や心臓疾患などの問題からも、肉を止めて魚を食べようという動きがあり、魚の需要がだんだん高くなっています。確かに、魚の持つDHAという成分は、体に非常にいいと言われています。しかし、ここで皆さんに思い出していただきたいのは、かつて日本で水俣病が起きたという事実です。水俣病の原因は魚です。魚にもリスクはあるのです。
 今、有機塩素系化合物による海洋汚染が大きな問題になっています。有機塩素系化合物には、分解性がありません。一度海の中に流れ込めば、微生物からプランクトン、プランクトンから小魚、小魚から中魚と食物連鎖を繰り返すうちに、体内でどんどん濃縮されていきます。つまり、大きな魚になるほど毒性が増大していくわけです。これを「生物濃縮」と言います。水俣病は、まさに生物濃縮によって発生した公害病で、水俣湾に排出された水銀が食物連鎖によって魚介類に蓄積され、最終的にそれを食べた人間に中毒症状が表れたわけです。
 水銀の血中濃度は、国立の研究機関などで計ってもらうことができます。私も以前、研究目的で水俣に見学に行った時、毛髪から血中水銀濃度を計ったことがあります。1〜2ppmが通常の範囲内とされていますが、私はその時2ppmでした。ところが、4年前に銚子に来てから魚がおいしいので、1日2食、魚を食べていました。そんな生活を1年半ほど続けた後、再び血中濃度を計ってみたら、なんと20ppmになっていました。これにはぎょっとして、それ以来、魚を食べる量を減らしています。それでも、様々な面から肉と魚のリスクを計算すると、やはり肉より魚の方が体にはいいだろうと言われています。実際、魚が生活習慣病の予防や重要な栄養素の摂取源となっているのは事実です。ただし、女性が妊娠した場合は注意が必要です。水銀は母親の胎盤をすり抜けて、胎児にも影響を及ぼすので、マグロやキンメダイなどの大きな魚は一時的に食べないようにしましょう。

●大きな危機を迎えた水資源
 日本は水が豊富な国ですが、食料自給率は39%と非常に低く、先進国の中では唯一100%ではありません。では、日本が海外から輸入しているものを日本で作ったとしたら、どの位の水が必要になるのでしょうか。日本は年間3000万トンを超える農作物を輸入しています。農作物1トンを生産するのに必要な水の量は、米が2500トン、麦や豆が1000トン、肉は7000トンです。現在、日本で使われている水の量は約870億トンですが、それに基づいて計算すると、輸入している農作物を国内で生産した場合、640億トンの水を使うことになります。これを生活用水に換算すると、発展途上国では15億人の人々を賄える量になります。
 現在、地球上には65億人の人類がいますが、そのうち11億人が安全な飲み水を利用できず、25億人が適切な衛生設備を利用できないのが現状です。つまり、人類の半分が、きちんとしたトイレやお風呂を持たずに生活しているということです。また、水質の悪化や水不足に関連して、感染症などの病気にかかり、年間500万人を超える人々が死亡しています。500万人と言えば、今、世界中で起きている戦争で死亡する人の10倍です。さらに、発展途上国の水を先進国の民間会社が買い取り、値段を上げて商品として売るケースまで出てきています。
 水は生命の必須条件です。その水資源が今大きな危機を迎えています。水の周辺に生まれた人類が、水を失ったらどうなるでしょう。21世紀は、水をめぐって戦争が起きるだろうとも言われています。
 このような危機に対応するためにも、千葉科学大学のマリンバイオコースでは、食料、水などの問題を総合的に科学して、水環境に関する幅広い知識や技術を身につけた人材を育成しています。今後さらに、身近な海をフィールドとして研究を進めていきたいと思っています。
 家庭から出る生活排水が、海の環境に及ぼす影響の大きさと水資源の大切さを改めて認識させられる講演となりました。



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