動物の命の危機管理-1
柳生博(俳優・日本野鳥の会会長)




 12月9日、「2007年トライアルキャンパス」の第4回として、俳優の柳生博氏と薬学部教授の柴原壽行氏による講演が行われました。ここでは、その一部をご紹介します。
●里山は「持続可能な社会」のお手本
 「花鳥風月」とは何でしょう。花は植物の象徴です。鳥は動物の華であり、シンボルマークです。私達人間が日常的に接する機会のある最も身近な野生動物、それが鳥です。風は季節の便りを運び、月は漆黒の闇に光をもたらします。
 それでは、里山とは何でしょう。田んぼがあり、小川があり、雑木林があって、私達の集落がある場所、それが里山です。里山とは、まさに花鳥風月という日本古来の美しい自然の象徴なのです。
 私は、NHKの「生き物地球紀行」というドキュメンタリー番組のナレーションを9年間担当していました。最終回を迎える時、どうしても日本の里山を取り上げたくて、「琵琶湖畔の里山」という番組を作りました。その番組は、結果的にとてもいい出来で、イギリスの著名な動物学者であり、科学番組のプロデューサーであるデイビッド・アッテンボローさんが英語バージョンを作ってくださいました。これをきっかけに、日本の里山は、「Satoyama」として国際的にも認知されるようになりました。
 小川があり、雑木林があり、棚田があり、人々が暮らしを営む懐かしい集落がある。そんな里山の風景を想像してみてください。この風景を見て、きれいだな、美しいなと思わない日本人はいないでしょう。里山は、少なくとも2000年間、日本人が命をつないできた場所であり、日本人の魂の置き場所なのです。
 環境問題を語る時、「持続可能な社会」という言葉が必ず出て来ます。持続可能な社会とは、簡単に言えば、環境保全と人間の社会経済活動が両立する社会のことです。国際的な環境サミットでは、このテーマが常に最初に取り上げられます。平成20年に開催される北海道洞爺湖サミットでも、おそらくこれが最も大きな議題となるでしょう。
 それでは、世界の中で「持続可能な社会」の教科書となるような国はあるでしょうか。実は、日本の里山こそ、持続可能な社会のお手本なのです。
 「生き物地球紀行」の取材で世界各地を訪れて、私がいつも感じていたのは、日本は非常に特殊な国だということです。私達は、12月になればクリスマスを祝うし、お正月には神社に初詣に行き、お盆にはお墓参りをします。日本人は3つの宗教と関わっているわけですが、そこには何の争いもありません。日本人にとって唯一絶対の神はいません。しかし、代わりにいつも大いなる自然に対し畏敬の念を抱いています。そういう独自の思想や宗教観が里山という素晴らしいシステムを生み、「持続可能な社会」を実現してきたのだと思います。

●里山の破壊が動物の命を奪う
 日本の生き物の八割から九割は、里山に住んでいます。意外に思うかもしれませんが、雷鳥やイヌワシといった鳥たちも里山に住んでいます。イヌワシは、断崖絶壁に巣を作りますが、食料となる獲物を獲るために、里山までやって来ます。羽根を広げ、下を俯瞰しながら舞い降りて、野うさぎやヤマバト、シカの子どもなどをハンティングするのです。イヌワシは、里山のような豊かな自然のある場所にしか生息できません。逆に言えば、イヌワシがいる場所は、人間が生活していくためにも大切な環境であるとも言えるのです。
 ところが、今や里山は危機的状況にあります。近年、森林は次々と伐採され、木材の生産のために、杉や檜、からまつなど単一樹木の大規模な植林が行われてきました。植林された樹木は、手入れもせず放置されたため、森の中に風や光が入らず、他の植物が育たなくなりました。その結果、豊かな雑木林は、花も咲かない、虫もいない、鳥も来ない「沈黙の森」となってしまいました。小川や田んぼもその姿を変えました。湿地が失われ、メダカやカエル、ドジョウ、トンボといった童謡唱歌に歌われている生き物たちも生息できなくなっています。
 経済効率優先の学問や政治を行って来た結果、里山の生態系が破壊され、そこに生きる動物たちの命も危機にさらされている。それが今の日本の現状なのです。

●確かな未来は、懐かしい風景の中にある
 では、壊れた森や里山を復活させるには、どうしたら良いのでしょうか。答えは簡単です。もともとそこにあった植物を植えればいいのです。
 31年前、私は妻と二人の子どもを連れて八ヶ岳に移住しました。当時は、まさに里山がどんどん破壊されていた時代でした。八ヶ岳でも人工植林が行われ、もともとあった美しい雑木林の破壊が進んでいました。私は、失われた植物や生き物を復活させようと、31年間、家族と共にひたすら木を切っては植えて、元の豊かな森の姿に戻して来ました。こうして作った雑木林の一部は、「八ヶ岳倶楽部」として公開するようになり、今や年間13万人ぐらいの人が訪れるようになっています。
 その一方で、私は「日本野鳥の会」の会長や「コウノトリファンクラブ」の会長も務めています。日本野鳥の会は、74年の歴史のある日本で一番大きな環境NGOです。日本各地に支部があり、約5万人の会員が野鳥の保護を通じて、野生動物や自然環境を守る活動を行っています。また、コウノトリファンクラブは、一度は絶滅してしまったコウノトリを復活させる活動に参加、応援することを目的に設立された会です。
 コウノトリは、かつて日本全国にいましたが、昭和46年、最後まで残っていた兵庫県の豊岡からも姿を消しました。豊岡市では、地元住民が中心となって早くからコウノトリの保護活動に取り組んでいましたが、ついに絶滅してしまったのです。そうした困難な状況の中、昭和60年に日ソ友好の証しとして、ハバロスクから若いコウノトリを6羽譲り受けることができました。その時から「フライ・トゥー・ザ・ワイルド」(野生に戻そう)を合言葉に、地元のお百姓さんや漁師さん、子どもたち、研究者が一緒になってコウノトリの復活のために活動を開始しました。こうした人々の熱意と地道な取り組みの結果、人工飼育に成功し、平成17年の9月24日には、ついに5羽のコウノトリを放鳥することができたのです。
 私は、いい環境とは今生きている生き物を守り、絶滅危惧種を復活させて、10年後、100年後、千年後も機嫌良く生きられる世界を創出することだと思っています。皆さんも是非、「日本野鳥の会」や「コウノトリファンクラブ」に入会してください。大事なのは、参加することです。直接活動できなくても、こうした会に入会することで、生き物や命、神に対して真摯に向き合っている人々がいることを知り、環境問題に関心を持つことにもつながります。私達はチームです。テレビも、野鳥の会も、八ヶ岳倶楽部も千葉科学大学も里山という素晴らしい環境を復活させるためのチームです。確かな未来は、懐かしい風景の中にあります。私達のまわりに生き物が当たり前のようにいた懐かしい世界をこれから一緒に作っていきましょう。
 自らの体験や活動に基づいた熱意あふれるお話で、野生動物や自然環境の保護活動の大切さを改めて認識させられました。



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