動物の命の危機管理-2
千葉科学大学薬学部教授 柴原壽行 教授




●様々な危機にさらされる動物の命
 動物は、大きく野生動物と家畜の二種類に分けられます。さらに、家畜は牛や馬などの産業家畜、ペットとして飼われている犬や猫などの社会家畜、実験動物として使われるマウスやラッドなどの科学家畜に分類されます。こうした様々な動物達が今、多くの危険にさらされています。
 たとえば、鳥インフルエンザなどの感染症はその最たるものですし、生活習慣病も増えています。生活習慣病は人間だけのものと思われがちですが、最近はえさの与え過ぎが原因で、特に犬や猫などのペットの肥満や高脂血症などが増えています。
 この他、毒物混入飼料も非常に問題となっています。毒物混入飼料に関しては、過去にもペットフードから様々な有害物質が検出されましたが、最近ではアメリカで輸入していた中国製のペットフードからアミノプテリンという発がん性のある物質が検出され、実際にこのペットフードを食べた犬が何百匹も死亡して大問題になりました。中国製のペットフードからは、腎障害を引き起こすメラミンが混入したものも見つかっています。少し前には、オランダで猫が狂猫病を発症しました。狂猫病は、猫が狂牛病と同じような症状を起こすものですが、この原因は狂牛病の牛の肉骨粉を混ぜて作ったフードにあったとされています。
 交通事故によって命を落とす動物も少なくありません。日本では、高度経済成長の時代、野生動物の生態など全く考慮せず、次々と道路を作ってきました。野生動物の生活圏を分断して作られた道路も多く、移動のために車の合間をぬって道路を渡ろうとして車にはねられる野生動物が後を絶ちません。20年ほど前ですが、大阪の吹田市から山口県下関市までの中国縦貫自動車道では、年間約4500匹が交通事故で死んでいました。これは大変だということで大騒ぎになり、縦貫道の下にトンネルを作ってからは事故が激減したようですが、人間が好き勝手にやってきた開発のせいで、多くの生き物が犠牲になっているのです。
 最近でも車で走っていると、はねられて道路に横たわる野生動物や家畜をあちこちで見かけますが、こうした動物たちのことを本気で考え、対策を講じる必要があるのではないかと思います。一方、家庭のペットでは、ビー玉などの異物を飲み込んでしまう事故が多発しています。中国には、野生動物を食べることができる専門のレストランもあります。こうして見ると、動物にとって一番危険な存在は私達人間なのかもしれません。

●幅広い分野で求められる薬学の知識
 動物用医薬品については、薬事法によって農水省の認可を受けたものが使われることになっています。犬や猫に使われる薬には、人間の薬と同じ成分のものがあるので、人間の薬を使う獣医師もいます。これは法律違反にはなりませんが、人間の薬を使用する場合は、その動物に規定された用法、用量に基づいて処方することが必要です。
 20年程前に、週刊誌で「犬、猫にとって朗報! 犬猫の新薬が発見!」という大きな見出しが踊りました。この薬は、イベルメクチンといって、現在は犬のフィラリア症の予防薬として広く使われています。フィラリアは、蚊を媒体にして犬の心臓や血管に寄生します。フィラリア症を発症すると、犬は咳や呼吸困難を起こします。一見、太ったと思っていると、実は腹水が溜まっていることも多く、命を落とす危険性の高い感染症です。フィラリアは、人間にも感染します。犬と同様、フィラリアの幼虫を持った蚊に刺されると人間の肺にも侵入します。人間の場合は、白血球の働きが強いため、犬のように死に至ることはありませんが、レントゲンを撮ると肺に影が現われるため、がんと誤診されて間違った治療を受けるケースが少なくありません。犬を飼っている方は、人間とは関係ないなどと思わずにフィラリア予防をしっかりと行うことが大切です。

●医学・科学の世界で高まる薬学部への期待
 従来、薬の大部分は自然界にある薬効成分を抽出して作られていました。しかし、近年は遺伝子が解明されたことにより、遺伝子情報を利用して、個人の体質に合わせた薬作りが行われるようになっています。これは、動物の医薬品においても同様です。来年、千葉科学大学薬学部に新設される動物生命薬科学科でも、遺伝子情報を利用した動物薬の開発がメインテーマになります。
 つい最近、米国のウィスコンシン大学と京都大学で人間の皮膚の細胞から万能細胞を作ることに成功し、大きなニュースとなりました。今後、医学の世界では、人間の体細胞から作った万能細胞により臓器を移植する再生医療が主流になると考えられます。また、今年のノーベル医学生理学賞は、特定の遺伝子の機能を消失させたノックアウトマウスを作ることに成功した学者が受賞しました。我々の薬学部でも、ノックアウトマウスを作る実習を行いますが、人為的に遺伝子を改変する動物の研究が進めば、多くの人たちが病気から解放されるきっかけとなるばかりでなく、危機に瀕する多くの野生動物を再生させることも夢ではなくなります。
 目覚ましい科学の進歩に伴い、薬学部に対するニーズは、医学、生命科学の分野まで広がっています。薬学部で学ぶことによって、将来、幅広い舞台での活躍が期待できるでしょう。



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