<だいじょうぶキャンペーン 危機管理学セミナー> 「感染症から身を守る」
千葉科学大学 薬学部 免疫微生物学研究室 増澤俊幸 教授




 10月15日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。第1回目の今回は、千葉科学大学薬学部教授の増澤俊幸氏を招き、感染症の現状や予防についてお話しいただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●死因の4分の1を占める感染症の脅威
 感染症は、細菌やウイルスなどの病原性微生物が、我々の体内に侵入することによって発症する病気です。感染症の予防や治療については、200年ほど前にイギリスの医師エドワード・ジェンナーが天然痘のワクチンを開発して以来、多くの医学者や細菌学者によって研究が進められてきました。その結果、様々な病原微生物が見つかり、化学治療薬や抗生物質が開発されて、感染症は制御できるようになりました。たとえば、結核は、今から50〜60年前まで日本人の死因の1位を占めていましたが、予防ワクチンのBCGやストレプトマイシンなどの抗生物質が開発されてから患者数が激減しました。また、天然痘についても、ジェンナーに始まった予防接種を世界保健機関(WHO)が世界的なワクチン戦略として展開した結果、1980年にはついに根絶することに成功したのです。
 こうしたことから、感染症の時代は終わり、もはや人類が感染症に苦しむことはないだろうとさえ言われるようになりました。
 ところが実際には、過去10年間だけでも、毎年のように新たな感染症が出現しています。狂牛病や腸管出血性大腸炎(O157)、ノロウイルスによる感染性胃腸炎、薬害C型肝炎ウイルスをはじめ、2003年には重症急性肺症候群(SARS)が猛威を振るい、今まさに大騒ぎとなっているのが鳥インフルエンザです。感染症は今もなお世界全体の死因の約4分の1を占めており、我々にとって重大な問題であることに変わりはないのです。

●社会状況の様々な変化が感染の拡大を招く
 この点について、WHOは1996年、「人類と感染症との戦いは世界的に危機的な状態にあり、世界のどの国も安全とは言えない」と警告を発しています。
 ちょうどこの頃、感染症研究者の間でも、新興感染症と再興感染症という言葉が流行語になりました。新興感染症は、これまで人類が知り得なかった全く新しいウイルスで、SARSをはじめ、鳥インフルエンザ、O157などが該当します。
 一方、再興感染症は、人類が一度は制御できたはずのウイルスや細菌が再び暴れ出すケースで、代表的なものとしては、結核やはしかなどがあげられます。
 新興・再興感染症が増加した要因の一つは、ジャングルや森林の開発と世界的交通網の発達です。たとえば、エイズは、本来アフリカの奥地でしか見られない風土病でしたが、ジャングルの中に高速道路ができたことで、都会へ人が出て行くようになり、感染が拡大してしまいました。SARSの場合も、感染者がそうと気付かないまま飛行機で移動したことで、中国から世界中へと広がってしまったわけです。人に国境はあっても、感染症に国境はないのです。また、食料生産法の変革も感染拡大の原因となっています。学校給食やコンビニなど食料が工場で大量生産されることが多くなった現在、ひとたびウイルスが混入すれば、O157の流行に象徴されるように、患者が大発生してしまいます。
 この他、ライフスタイルの変化、地球温暖化、高齢化社会の到来、抗菌剤の乱用なども大きな問題です。現在、日本で特に危惧されているのが、結核患者の増加です。実際、抵抗力の弱い高齢者が増えたことで、激減したはずの結核患者が1999年には一時的に増加に転じました。しかも、抗菌剤の乱用により、現在は薬の効かない耐性の結核菌が全体の3分の1を占めています。これは、50〜60年前の状況に戻るという恐ろしいことを意味します。

●パンデミックが懸念される新型インフルエンザ
 現在、世界的に最も問題となっている感染症は、高病原性鳥インフルエンザです。鳥インフルエンザは、人への感染力は弱いものの、ひとたび発症すると死亡するケースが多いのがやっかいな点です。しかもインフルエンザウイルスは、非常に変異しやすいため、仮に鳥インフルエンザウイルスと人のインフルエンザウイルスに同時に感染した場合、遺伝子が混合して、感染力の強い全く新しいタイプのインフルエンザが出現することが懸念されます。そうなれば、世界的大流行(パンデミック)は避けられないでしょう。
 厚生労働省は、新型インフルエンザのパンデミックが起こった場合、国内では4人に1人が感染し、死亡者64万人、入院患者は200万人にのぼると推測しています。そこで、現在はインフルエンザの治療薬タミフルを2500万人分備蓄する計画が進行中で、さらに追加しようという動きもあります。また、予防ワクチン(プレパンデミックワクチン)を1000万人分備蓄して、医療従事者や政治家など、社会機能維持に必要な人たちに優先的に接種するという計画も始まっています。さらに、パンデミックが実際に起きた時の対策としては、発生した地域を完全にクローズして住民の移動を制限し、タミフルを一斉投与して封じ込めるという方法が考えられています。
 ところで、現在、我々が受けているインフルエンザの予防接種は、鳥インフルエンザウイルスとは亜型が違うため効果がありません。また、鳥インフルエンザに対する予防ワクチンも、現在の鳥インフルエンザには有効ですが、新型ウイルスには無効です。新型に有効なワクチンは、残念ながら、新型ウイルスが実際に出現してからでないとできないのが現実なのです。

●感染症に対する知識こそ最良のワクチン
 では、自分でできる予防対策としては、どんな方法があるのでしょうか。
 まず、病原体の感染経路を理解し、遮断することが重要です。感染経路には、空気感染、経口感染、接触感染などがありますが、インフルエンザウイルスの場合は、患者の咳やくしゃみで飛び散ったウイルスを吸い込むことによって感染する飛沫感染です。インフルエンザウイルスが飛ぶ距離は、1メートル程度ですから、患者さんと接触する時は、1メートル以上離れていれば感染しにくくなるでしょう。また、マスクをすればウイルスの飛散を防ぐことができます。マスクを付けてくしゃみをした時の風速は、しなかった場合の10分の1になるという実験結果もありますから、一般家庭でできる感染予防の方法として、ぜひマスクを常備しておくといいでしょう。手洗いやうがいも効果的な方法です。インフルエンザウイルスは、ノロウイルスに比べるとかなり壊れやすいウイルスです。したがって、石けんでよく手を洗うだけでもかなりウイルスを除去できます。何より、バランスの良い食事をとるなどして健康を保ち、抵抗力のある体にしておくことが大切です。当たり前な方法ばかりですが、実はこうした日頃の心掛けこそ、一番効果的な予防策なのです。
 感染症から身を守るためには、感染症に対する正しい知識を持つことが、極めて重要なポイントになります。「知識こそ最良のワクチン」ということをぜひ覚えておいていただきたいと思います。



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