<だいじょうぶキャンペーン 危機管理学セミナー> 「身近なリスクマネジメント」
千葉科学大学 危機管理学部教授 木村栄宏




 7月15日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第1回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部教授の木村栄宏氏を招き、「身近なリスクマネジメント」をテーマにお話いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●「ハインリヒの法則」に学ぼう
 はじめに、千葉科学大学における身近なリスクマネジメントの実例をご紹介しましょう。皆さんは、「ハインリヒの法則」をご存知でしょうか? これは、アメリカの保険調査員ハインリヒが、労働災害発生事例の統計を分析して導き出した法則で、ひとつの重大な事故や災害の背景には、29の軽度の事故・災害があり、さらにその背後には300以上の「ヒヤリハット」(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした)の事例があるというものです。
 2004年、六本木ヒルズで6歳の男の子が回転ドアに挟まれて死亡する事故が起きました。詳しく調査したところ、何と一年前から小さな子供がこの回転ドアに腕や足を挟まれてケガをする事故が32件も発生していることがわかりました。ところが、同じような事故が多発し、危険だと認識していたにもかかわらず、扉の前に柵を置いただけで、根本的な対策は何も行われていませんでした。その結果、一年後の死亡事故につながってしまったわけです。これは、「ハインリヒの法則」の典型的な例です。
 実は、銚子にある千葉科学大学のキャンパスの近くに、大変危険な三叉路があります。山の上から来る道と下から上がってくる道が交差する地点で、視界が非常に悪く、実際に学生の車と他の車の接触事故が年間20件も発生していたのです。それを知った学生たちは、早速校舎の中に事故の写真を貼って注意を喚起しました。また、我々教員も「ハインリヒの法則」に照らし合わせ、このままだと重大な事故に結びつくと予測し、すぐに地元の警察にお願いして道幅を拡げるなどの対策をお願いしました。その結果、接触事故がなくなったのです。これは、「ハインリヒの法則」を応用したリスクマネジメントの一例です。
 このように、いつ起こるかわからない重大な事故や災害を未然に防ぐためには、不具合や問題点を顕在化し、ヒヤリハットの段階できちんとした対策を考え、実行することが重要なのです。

●危機管理もリスクマネジメントの一手法
 リスク管理学は、防災や防犯から企業のリスクマネジメントまで、非常に幅広い分野に関わります。そこで、まずは「危機管理」と「リスクマネジメント」の定義をきちんと理解しておくことが大事です。
 「危機管理」と「リスクマネジメント」は、根本的に違うものです。その違いを理解するには、「リスク(危険)」と「クライシス(危機)」の違いを知っておく必要があります。
 簡単に言えば、「リスク」とは、これから発生するかもしれない危険のことであり、「クライシス」は、すでに起きてしまった事態のことを指します。つまり、「危機管理」とは、起きてしまった事故や災害などに対して、きるだけダメージを少なくするための行動であり、「リスクマネジメント」はこれから起きるかもしれない危険を予測して、事前に対応しておくことなのです。
 たとえば、外出先で急に雨に降られた場合、雨宿りの場所を見つけたり、どこかで傘を買ったりするのは「危機管理」です。一方、急な雨でも困らないように、あらかじめ傘を持って外出するのが「リスクマネジメント」です。
 起きてしまったことに対処する「危機管理」に対し、「リスクマネジメント」は、先を予測して動くという能動的な発想である点が特徴です。ただし、ダメージを受けても、それを回復させてプラスに向かわせるという点では、危機管理もリスクマネジメントの一つの手法と言えるでしょう。
 私たちのまわりには予測できる危機と、大地震や洪水などの災害のように予測できない危機があります。予測される危機を予防し、その発生を最小限に抑え込むと同時に、予測できない事態が起きた時にも、慌てず的確な行動ができるよう、普段から備えておくことが大切です。

●リスクを顕在化、「見える化」しよう
 では、具体的に、私たちは日常の中でどのようにリスクマネジメントを実践すればよいのでしょうか。
 リスクマネジメントを行うためのポイントとしては、以下の7つがあげられます。
・常に全体を見る
・過去の経験にとらわれ過ぎない
・先を見る/予測する
・知識は力
・発想を変える
・論理的に考えてみる
・ヒューマン・エラーに気を配る
 企業のリスクマネジメントでは、最近「見える化」が大事だとよく言われています。「見える化」とは、問題を常に見えるようにしておくことで、トラブルが発生してもすぐに解決できる環境、またトラブルが発生しにくい環境を実現するための取り組みです。「見える化」のためには、現場のデータを記録として残し、組織内で情報を共有し、常に状況がわかるようにしておくことが重要です。これは、個人のリスクマネジメントでも同じことです。
 自分はあわてやすい性格なのか、のんびり屋なのか、慎重派か、他人に依存しやすいタイプなのか、食事や睡眠といった日頃の自己管理は充分かなど、まずは、自分の性格や行動の特徴、特性を確認してみましょう。なかなか目に見えてこない問題やリスクを認識することが、リスクマネジメントの第一歩なのです。



CLOSE