<だいじょうぶキャンペーン 危機管理学セミナー> 「交通事故防止と被害の軽減」
千葉科学大学 危機管理学部教授 嶋村宗正




 10月14日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第2回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部教授の嶋村宗正氏を招き、「交通事故防止と被害の軽減」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●「交差」と人間のミスが事故を招く
 交通事故は、車と車、車と人などが「交差すること」を基本として起こります。したがって、車の数や歩行者の人数、道路の長さ、交差点の数などが多ければ、それだけ「交差」の頻度が高くなり、事故が発生する可能性も高くなります。そこで、できるだけ交差をさせないよう、立体交差や停車車両の整備、スクールゾーンを作るといった道路構造上の改善策が提案されています。しかし、すべての道路にこうした対応をすれば、事故がなくなるかというと必ずしもそうとは言い切れません。交通事故は人間がミスやエラーを犯すことによって発生しますから、インフラを整備するだけで事故の件数を減らすのは難しいことなのです。
 人間工学の観点から分析すると、ミスやエラーは大きく3つの要因によって誘発されます。
 1つは肉体的限界です。たとえば、視力や聴力は、車を運転するときの重要な情報源ですが、高齢になれば衰えてきます。また、踏力、腕の長さ、首の回転角など体格的な特徴にしても、年齢や性別などによって個人差があります。このように基本的な身体能力の差が運転操作にも影響を及ぼす可能性があると考えられます。
 2つ目は運転者の問題です。車を運転する際、運転者はまず身の周りの状況を認知します。その上で、自分の行動を判断・予測し、車を操作します。この「認知」「判断・予測」「操作」の一連の行為中で、どこか一ヶ所でも問題が生じた時にミスが起きるわけです。たとえば、状況を認知する段階で、居眠りやよそ見、考え事をしていて、ものをきちんと見ていなかったり、「相手が止まるはずだと思ったら止まらなかった」といった間違った判断をすれば、事故を招くことになります。
 3つ目が錯視・錯覚です。たとえば、長い下り道の後に平坦な道が現れると、目の錯覚で上り坂に見えることがあります。その結果、アクセルを踏み、前の車に追突するといったケースです。このように、道路の形状によって運転者が錯覚を起こし、運転ミスを招くことも少なくありません。

●運転者の心理やものの見方も誘因となる
 ところで、ほとんどの方は「自分が交通事故を起こすわけがない」と思ったり、「事故のリスクに対しては誰かが対処してくれるだろう」といった、他人任せの意識になっているのではないでしょうか。実はこうした心理的な油断も事故の原因になります。車を運転していれば、時には誰でもミスをすることがあります。ところが、スリップしても、周りに何もなければ事故にはつながりません。ミスをしても事故に至らなければ、「良かった。自分は成功者だ」という意識が生まれます。一種の成功体験から、「事故が起きる」という発想が欠除し、結果的に危険行為が増し、事故に結びついてしまうのです。
 そもそも、運転者のものの見方は様々です。たとえば、青信号から黄信号に変わった時、ある人は青信号の延長線だからそのまま通過してもいいだろうと考え、別の運転者は赤信号の予告だから停止しなければならないと考えます。このように信号機ひとつをとっても、2つの見方が存在します。実際、千葉科学大学の近くの交差点で車の動きを調査したところ、ほとんどの乗用車が一時停止の白線があるにもかかわらず止まりませんでした。すべての運転者が同一のパターンで運転すれば、他の運転者の誤解を招くことはありませんが、運転者によってものの見方や行動が異なると、「あの車は何をするつもりだろう」という疑心暗鬼から間違った判断が生まれ、事故を引き起こす可能性が出てくるのです。

●防衛運転に努めて事故を未然に防ぐ
 では、交通事故を低減するために、どのような対策を講じればよいのでしょうか。
 大きな道路が交差する場所では、信号機があっても事故が起こりやすいので、安全地帯や導流帯を設けたり、右折車線、左折車線を明確にすることが大切です。また、主要な道路では交差する部分を狭く設計してスピードを抑えるなど、運転者の行動を制限する工夫を行うことも必要です。
 錯視や錯覚を防ぐためには、とにかく簡潔で明瞭な道路構造を作ることです。IT技術を取り入れて、きちんとした情報を運転者に伝えることも大切です。運転者が歩行者を認知しやすいような死角の少ない車を作ったり、歩行者検知用暗視装置などのシステムを搭載するといった対策も必要です。
 人間の本質的なエラーに関しては、教育をしていくしかありません。運転に集中して、しっかりものを見ることや正しい判断をすることは、基本中の基本。その上で、車間距離を保つ、一時停止をして安全確認をするといった防衛運転に努めることが重要です。相手が判断しやすいよう、自分がどう行動をするかをきちんと合図したり、常に周りを見回して、「ひょっとしたら」という様々なリスクを想定をしながら運転することが肝要です。

●傷害軽減のためにシートベルトの着用を
 車にはエアバッグやシートベルトなど、衝撃を軽減したり、車室内移動や車外放出を防止するための様々な技術的工夫がなされています。エアバッグの効果については、前面衝突の場合なら、死亡重傷者が20%軽減されるというデータがあります。また、シートベルトを着用していた場合は、ベルトをつけないでケガをした運転者の50%、前席同乗者、後席同乗者の40〜45%も死亡者が少なくなることがわかっています。昨年、後席同乗者のシートベルトの着用が義務化されましたが、後席のシートベルトは、後席同乗者自身だけでなく、前席同乗者や運転者の命を救う効果もあります。
 事故の際の傷害軽減のためには、速度低減や大型車に対する対応などまだまだ課題が残されています。また、高齢者への対策も急務です。
 高齢者については、2040年には男性80.6歳、女性88.6歳まで平均寿命が延び、65歳以上の人口は3900万人にまで増加すると予測されています。高齢者が増えると交通弱者である歩行者や自転車利用者が多くなるため、重大な傷害を受ける人の数が増えることが懸念されています。加えて、高齢者の事故では、傷害が重くなりやすい点も問題です。実際、同じ速度で衝突した場合、高齢者は肋骨が折れやすく、重症、死亡に至る割合が若い人の2倍位になるという調査結果があります。肋骨が折れると気胸や血胸を伴うことも多く、心タンポナーゼ、肺動脈、頸椎動脈の裂傷も起こりやすくなります。交通事故においても、高齢者の命をどのように救うかということが、今後ますます重要なテーマとなるでしょう。



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