<だいじょうぶキャンペーン 危機管理学セミナー> 「食品・医薬品における危機管理」
千葉科学大学 薬学部教授 安田一郎




 11月11日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、千葉科学大学による危機管理学セミナーが行われました。
 第3回目の今回は、薬学部教授の安田一郎氏を招き、「食品・医薬品における危機管理」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●個人輸入の増加に伴い健康被害が深刻化
 近年、医薬品や健康食品の個人輸入の増加に伴い、健康被害に遭われる方が増えています。個人輸入により健康被害を引き起こす健康食品のひとつとして、「MDクリニックダイエット」と称される製品があげられます。これは、通常「ホスピタルダイエット」と言われるタイ製のやせ薬のひとつです。平成20年にこの薬をタイから個人輸入して服用していた40代の女性が、服用後8日目に呼吸困難と意識混濁を起こして死亡しました。東京大学の法医学教室で遺体解剖した結果、死因は偽性バーター症候群によるものと判明しました。偽性バーター症候群は、利尿薬を飲み過ぎると現れる症状で、不整脈や呼吸麻痺を起こします。偽性バーター症候群の直接の発症原因は、この女性が以前から服用していたうつ病の治療薬「プロセミド」でしたが、輸入したやせ薬が症状の悪化の要因であると推察されました。
 「ホスピタルダイエット」には、「ジアゼハム」「ファノバルビタール」「フェンデルミン」「マジンドール」「シブトラミン」といった医薬品成分が含まれていることがわかっています。たとえば、「ジアゼハム」は、うつ病などに使用される向精神薬ですから、通常は医師の処方がないと服用できません。しかも、副作用として薬物の依存性や錯乱が起きる危険性があります。また、「フェンデルミン」は、アメリカでは体重100キロ以上の肥満症の人のための治療薬で、日本国内では承認されていません。実際、死亡した女性が服用していた製品からも、食欲抑制作用や利尿作用の強い医薬品成分が検出されました。タイから個人輸入した薬が直接の死因ではないとしても、何らかの影響があったことは間違いないでしょう。実は、「ホスピタルダイエット」による健康被害は、かなり以前から全国各地で報告されていました。平成14年、香川県での入院例をかわきりに、兵庫、広島と続き、平成17年には神奈川県でも死亡例が出ています。その後、名古屋、宮城、横浜、京都などに拡大し、今年に入ってからも、群馬や東京で被害が報告されています。
 こうした状況を憂慮して、今年10月23日、厚生労働省と東京都福祉保険局は「MDクリニックダイエット」と称される製品から医薬品成分が検出されたとし、このような製品を使用しないこと、また服用して体調に異常を感じた場合は、速やかに医療機関を受診するように勧告を出しました。

●健康食品への過剰な期待は危険
 中国から個人輸入される痩身用健康食品や強壮用健康食品についても、気をつけなければなりません。以前、中国製の健康食品で女性が死亡するという事件が起き、大きく報道されました。この時、問題となった痩身用健康食品には、肝臓障害や甲状腺機能障害を引き起こす危険性のある「甲状腺末」「フェンフルラミン」「N-ニトロソフェンフルラミン」などの医薬品成分が入っており、実際に796名が健康被害を訴え、149名が入院、4名が死亡しました。強壮用健康食品については、「シルデナフィル」という医薬品成分が検出され、今年10月にも健康被害が報告されています。
 このような健康被害が後を絶たないことから、厚生労働省では、平成20年に医薬品等の個人輸入について、「外用薬で標準サイズ1品目につき24個以内、毒薬、劇薬又は処方箋薬は用法用量からみて1ケ月分以内」などの制限を設け、「医師の処方箋又は指示によらない個人の自己使用によって重大な健康被害の起きるおそれがある医薬品については、数量に関係なく、医師からの処方せん等が確認できない限り、一般の個人による輸入は認められない」と通告しました。さらに、今年の8月にも、海外から医薬品を購入しようとする人に向けて、「個人輸入した医薬品等の品質等については、我が国の薬事法に基づく確認がなされていないため、期待する効果が得られなかったり、人体に有害な物質が含まれている場合があり、健康食品やダイエット食品として販売されている製品についても、医薬品成分が含まれていて、健康被害を引き起こすことがある」と注意喚起を行っています。
 しかし、いくら注意しなさいと言われても、重大な健康被害の起きるおそれがある製品が一体どれなのか、一般の方にわかるはずがありません。たとえば、個人輸入したサプリメントの中に、本来医師の処方箋によって出されるような副作用の強い向精神薬などが含まれていたとしても、そのような成分表示はされていないので避けようがないのです。
 では、健康被害に遭わないためには、どうしたら良いのでしょうか。私は、そもそもサプリメントや健康食品などに強い効果を期待して買うこと自体が間違っているのではなかと思います。たとえば、ダイエットをするなら、過剰なエネルギー摂取を控え、しっかりエクササイズをして痩せるのが基本です。強い作用があるものには、リスクがつきものです。健康を維持するためには、安易にサプリメントなどに頼らないよう、若い人にきちんと教育することが必要だと思っています。

●安易な気持ちが薬物依存を招く
 近年、未規制薬物も大きな問題となっています。未規制薬物は、法律に基づく取り締まりの対象となっていない薬物のことで、合法ドラック、脱法ドラックなど様々な言い方がありますが、現在は厚生労働省から違法ドラックと呼称するように指示されています。
 違法ドラックのひとつとして、デザイナーズドラックと呼ばれるものがあります。デザイナーズドラックは、分子構造を一部変えてはいますが、覚せい剤や麻薬と同じ作用のあるもので、最近では10代の子どもたちをターゲットに、ストロベリーやアップル、グレープなどの味つけをしたものも出回っています。テレビでよく耳にする「MDMA」もデザイナードラックのひとつです。
 デザイナーズドラックは、構造式を一部変えているため、当初は大麻取締法や覚せい剤取締法などの規制の対象になりませんでした。しかし、平成17年4月に杉並区でドラックを使用した男性が同棲相手を刺殺した事件を契機として東京都で薬物乱用防止条例が制定され、こうした薬物の取り締まりが強化されるようになりました。平成19年には、ようやく国も動き、薬事法下の指定薬物として全国的に規制できるようになったのです。
 違法ドラックの多くは、現在、主にヨーロッパ経由で入ってくるのが実情です。特にオランダでは、スマートショップと言われる店で観光客でも簡単に薬物を入手することができます。デザイナーズドラックは、既存の麻薬や覚せい剤に比べると若干作用が弱いので、入門薬物としてちょうどよく、学生などは、海外に行くと「ちょっと遊んでみよう」という軽い気持ちで、つい手を出してしまうわけです。
 健康被害に陥らないためには、絶対に薬物に手を出してはいけません。医薬品にしても、サプリメントにしても、本来生活の質の向上を目的としているものですが、薬物に手を出して習慣性ができてしまうと、逆に生活の質を低下させることになってしまいます。習慣性、依存性の薬物を使用したために、自分自身の健康を害するだけでなく、社会に迷惑をかけたり、親兄弟が職を失ったりこともあります。ですから、特に若い人たちには、教育の中でしっかりとモラルを教えていくことが大切だと思います。



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