「だいじょうぶキャンペーン」危機管理学セミナー 「健康と医療に関わる危機管理」
千葉科学大学危機管理学部 医療危機管理学科
千葉科学大学大学院 危機管理学研究科 黒木 尚長




 7月14日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第1回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部の黒木尚長教授を招き、「健康と医療に関わる危機管理」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●増え続ける生活習慣病
 生活習慣病は、生活習慣が発症原因に深く関与していると考えられる疾患の総称です。代表的なものとしては、糖尿病、高脂血症、高血圧、脳卒中、心臓病、肥満などがあげられ、日本人の3分の2近くが、こうした生活習慣病で亡くなっています。
 たとえば、糖尿病患者の数は、年々増え続けており、厚労省による最新のデータでは、糖尿病、糖尿病予備軍の人を合わせると、2210万人いると推計されています。また、肥満も増加の一途をたどっており、今や成人男性の30%が肥満とされています。
 医学的な肥満とは、体の脂肪が過剰に蓄積した状態を言います。肥満の最もこわい点は、他の様々な生活習慣病を誘発するリスクファクターになることです。事実、日本人の死因の2位と3位を占める脳卒中や心臓病の危険因子である動脈硬化、高血圧、高脂血症に肥満は大きく関わっています。また、糖尿病をはじめ、近年、急激に増えている高尿酸値血症、通風、脂肪肝なども、実は肥満との関わりが非常に深い病気なのです。
 そこで、皆さんには、肥満の指標となる「BMI(Body Mass Index)」をぜひ知っておいていただきたいと思います。BMIは、体重を身長で割り、その値をもう一度身長で割って算出される数値で、18〜22が正常値とされています。一般に、BMIが25以上になると肥満度1、30を超えると肥満度2と判定されますが、BMI25以上では、糖尿病や高血圧などの疾患にかかりやすくなり、30以上になると、突然死が増えることもわかっています。
 ですから、BMIが25以上の方は、たとえ現時点で血圧や血糖値、コレステロール値などに異常が見られなくても、太っているというだけで相当リスクが高いのだということをしっかりと認識し、適正体重の維持・コントロールを心掛けてほしいと思います。

●運動習慣の徹底と食習慣の改善を
 さらに、問題となるのが、「メタボリックシンドローム」です。メタボリックシンドロームは、おなかの内蔵に脂肪がたまる「内蔵脂肪型肥満」に加えて、高血糖、高血圧、脂質異常のうちのいずれか2つ以上を併せもった状態のことを言います。「血糖値がちょっと高め」「血圧がちょっと高め」といった、まだ病気とは診断されない予備軍でも、併発すれば動脈硬化が急速に進み、最終的に心筋梗塞や狭心症、脳卒中といった命に関わる病気を発症する危険性がぐんと高まります。今や、中高年男性の2人に1人、女性の5人に1人が「メタボリックシンドローム予備軍」と推計されていることから、厚労省でも、検診や保健指導を積極的に推進しています。まずは、メタボリックシンドロームを予防・改善することで、生活習慣病の発症や重症化を封じ込めようというわけです。
 ちなみに、厚労省のポスターには、「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」と書かれていますが、このキャッチフレーズ通り、メタボリックシンドロームの予防・改善には、運動習慣の徹底と食生活の改善、禁煙が何より有効です。働き盛りの方々の多くは、年齢的に省エネ体質になっているので、若い頃と同じカロリー量を食べていると太ってくるし、逆に食が細くなっても体重は意外に減らないものです。
 そこで、脂肪によるエネルギー摂取は25%以下、食塩摂取量は一日10グラム以下、野菜の摂取量は一日350グラム以上を目安に、しっかり食事制限をすることが大切です。また、運動習慣に関しては、一日30分以上、週に2回は体を動かすことをお勧めします。最近は、コンビニのお弁当や総菜、レストランのメニューなどにもカロリー表示されていますから、食品の購入や外食する際に、どのくらいカロリーが高いか意識するだけでも、ある程度健康を保っていけるのではないかと思います。

●高齢化とともに増加する異状死
 ところで、私は非常勤監察医として司法解剖などを担当していた経験があります。監察医は、普通の死ではない、いわゆる「異状死体」と呼ばれるケースばかりを扱います。
 異状死とは、医師に診断された病気で死亡する以外の死のことで、突然死、自殺、他殺、交通事故死、不慮の事故死、中毒死、死因不明などがこれに当たります。こうした異状死に医師が遭遇した場合は、警察に届け出るように医師法で義務づけられています。
 昭和51年あたりからは、亡くなる人の数が増えているだけでなく、異状死体として届けられる比率が急激に上がっています。全国的には、亡くなった人の8人に1人、東京、大阪などの都市部では、6人に1人の方が異状死として警察に届けられています。これは、高齢化に伴い、家庭内での高齢者の事故死や突然死が増えていることも一因であると考えられます。病院に行き着くこともなく、誰にも看取られぬ死は、決して人ごとではないのです。
 異状死の場合、警察官による検視と医師による検案が行われ、解剖が必要と判断されると、行政解剖か司法解剖に回されて死因が決定されます。ところが、法医学関係者による異状死体の解剖率は、アメリカで10%、イギリスが21.6%なのに対し、日本ではわずか1.2%程度にすぎません。また、死因統計を国際的に比較してみると、突然死ひとつとっても、日本では「心不全」とされるケースが非常に多いのが特徴です。これは、異状死に関して、死因をきちんと究明できるようなシステムが整っていないことが大きな要因と考えられます。

●制度を整えて死因の徹底解明を
 東京や大阪では、「監察医制度」がある程度整っているため、異状死の届け出率が比較的高く、法医学の知識を持った監察医による検案や法医解剖を経た上で死因が決定されるので、犯罪を見逃すようなことも少なくなっています。
 ところが、中四国九州など監察医制度がまったくない地域では、何かあっても、届け出自体が少ないのが実情です。また、専門的知識のある監察医がいないため、ほとんどの場合、開業医が警察医を兼務しており、「先生やってください」と言われて、仕方なく解剖を行うことになります。これでは、はっきりした死因がわからないまま、「心不全」とか「急性死」で片付けられてしまうケースが多くなるのも当然です。判断を誤って、解剖の必要がないとされれば、重大な事件や事故が見逃される可能性も高くなるでしょう。
 たとえば、心臓性突然死の診断で事件性がないと判断されたのに、後で解剖したら、頭部外傷があったとか、中毒死や絞殺だったという事例を私も実際に何度か経験しています。
 異状死の死因に関しては、プロ中のプロでもなかなか分からないことがあるので、少しでも疑わしい点があったら、やはりきちんと解剖して死因を決定し、それをご遺族に伝えることが必要だと思います。
 高齢者の突然死をはじめ、異状死が増加傾向にある現在、解剖率を上げて、死因をしっかりと究明、決定できるように、一刻も早く全国的に監察医制度を発展させていくことが望まれます。



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