「だいじょうぶキャンペーン」危機管理学セミナー 
「広がり続けるHIV感染症 −エイズの現状とどのようにして治療するのか−」
千葉科学大学 薬学部 薬学科 大高泰靖 講師




 10月11日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第2回目の今回は、千葉科学大学薬学部薬学科講師の大高泰靖氏を迎え、「広がり続けるHIV感染症 −エイズの現状とどのようにして治療するのか−」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●免疫細胞を破壊するHIVウイルス
 エイズとは、後天性免疫不全症候群の略称で、ヒト免疫不全ウイルス=HIVに感染することによって発症する病気です。HIVに感染すると免疫の働きが低下して、健常な人では問題のない病原性の弱い細菌やウイルスによって、「日和見感染症」と呼ばれる様々な病気にかかるようになります。たとえば、エイズにより発症する肺炎の原因のひとつとして、サイトメガロウイルスがあります。実はサイトメガロウイルスは、ほとんどの人が幼少期に感染するウイルスですが、基本的に病気を発症することはありません。それは、私たちの体が免疫力によって守られているからです。
 免疫機能は、主に血液中の白血球が担っています。白血球の中には、マクロファージやヘルパーT細胞、NK細胞、B細胞といった様々な種類がありますが、中でもヘルパーT細胞は、他の免疫細胞を活性化させたり、病原体の種類に応じて抗体を作らせるといった重要な役割を担っています。免疫機能の要であるヘルパーT細胞を破壊し、免疫力を低下させてエイズを引き起こすウイルス。それが、HIVというわけです。
 ただし、HIVに感染してもすぐにエイズを発症するわけではありません。初期には風邪のような症状が現れることもありますが、1、2ケ月もすれば治まってしまい、その後、数年〜10年間は無症状のまま経過します。しかし、その間もウイルスは増殖し続けるため、免疫力は少しずつ低下して、最終的には、指定された23種類の日和見感染症のどれか一つでも発症するとエイズと診断されます。このように、無症状の期間が長く、感染に気付かないまま進行するのが、この病気の怖いところです。一方で、最近は感染から数年でエイズを発症する早期化の傾向も進んでいます。日本でも20%ほどの方が、感染後2〜3年でエイズを発症していますし、アメリカでは1年で発症するケースも報告されています。

●急速に増大し続ける日本のHIV感染者
 HIV感染者数は、2009年には全世界で3330万人と報告されています。感染者の多くは、サハラ砂漠以南の国々に集中しており、特に南アフリカでは、人口の17.8%が感染していると言われています。感染が爆発的に広がり始めた1980年代後半からここ20年ほどの間に、平均寿命が15歳も下がってしまったという状況をみても、エイズが国を揺るがすほど深刻な病気であることがおわかりいただけるでしょう。世界各国はエイズ対策に力を入れて、極力自国民がHIVに感染しないように啓蒙しています。
 それでは、日本はどうでしょうか。先進諸国におけるHIV感染者報告数をみると、日本は米国やイギリスなど他の先進諸国に比べて大変低い状態にあるものの、毎年右肩上がりに増え続けています。しかも感染者の大半は、20〜40代の働きざかりです。
 感染者増加の要因としては、初婚年齢の低下など性行動の変化や学校でのエイズ教育が不完全であることがあげられます。HIVは、性行為による感染がもっとも多く、全体のおよそ80%を占めています。ところが、現在の学校教育では、性行動に関してはっきりとした表現を避ける傾向があり、あまり詳しく語られることがありません。このような環境下では、HIVに関する正しい知識や予防法を理解させることはできません。さらに、感染者数が他国に比べて少ないことも一因と考えられます。感染者の多い国に比べて、どうしても危機意識が希薄になりがちだからです。自分は安全だという思い込みから、感染につながる危険な性行為をしたり、検査をしない人が多いことも、感染の拡大につながっているのです。

●アドビアランスが治療効果維持の決め手
  HIV感染症の治療に関しては、3種類以上の薬を併用する強力な多剤併用治療を行うこと、血中ウイルス量を検出限界以下に抑え続けること、治療により免疫機能が改善しても治療を中止しないことという3つの原則のもとに行われています。それでは、HIVおよびエイズは、治療すれば完治できる病気なのでしょうか? 答えは「いいえ」です。現在使用されている治療薬は、ウイルスを除去するのではなく、あくまでも成長を止める薬です。つまり無症状の期間を長くして、エイズの発症を遅らせるだけの薬なのです。ですから、患者さんは、ウイルス量を極小量で維持させながら、生涯薬を飲み続けなければなりません。副作用などと向き合いながら、長期間薬を飲み続けるのは、極めて辛いことであり、治療を続ける上では、患者さんの生活の質(QOL)をいかに維持するかも十分に考慮しなくてはなりません。
 また、治療効果を維持させていくためには、何よりも患者さん自身が積極的に治療方針にかかわって、その決定に従って治療を受ける「アドビアランス」が不可欠です。安易な治療開始や中止は、治療をより困難してしまいます。薬を何時に飲めば一番効率的か、どのような薬の量が一番適切かなどを医師と話し合って、個々の患者さんの状態や生活環境に応じた治療戦略を立てることが重要です。
 長期にわたる治療では、経済的な負担も気になるところですが、HIV感染症の治療に際しては、高額療養費制度や身体障害者手帳の交付、自立支援医療、重度障害者医療など国や自治体から様々な助成制度を受けることができますから、こうした制度を活用し、きっちりと治療を続けることが望まれます。

●正しい知識を身につけ、積極的な検査を
 HIVは、ほとんどが性行為感染ですが、どんなに気をつけていても、何かの事故に巻き込まれ、他人の血液に触れるなどして、不可抗力で感染することもあります。他人の血液に触れた場合は、まず、石けんと流水で洗浄してください。HIVは、基本的には洗い流してしまえば、ほとんど死滅してしまいます。それでも気になる場合は、医師に相談することをお勧めします。触れた血液にHIVが含まれることが予測される場合には、HIV治療薬を予備投与することで、ウイルスの活性を抑えることができます。
 現在、HIV検査は、各地の保健所で無料・匿名の検査を受けることができるようになっています。名前や住所、電話番号なども必要なく、個人を証明する必要は一切ありません。即日結果が得られる検査もありますから、感染に心当たりのある方は、利用するといいでしょう。ただし、HIVは、感染してから数週間はウイルス量が非常に少ないため、血液検査で検出できないことがあります。感染から1か月以内に検査を受けた場合、感染していても陰性となる可能性があるので、いつ頃検査すべきかは、保健所にご相談ください。
 HIVエイズ増大の抑制には、この病気について正しい知識を持つことが何より重要です。エイズについての理解を深めるために、本日の講演内容をご家族やご友人にもぜひお伝えいただきたいと思います。
 



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