「だいじょうぶキャンペーン」危機管理学セミナー 
「首都圏で発生する大地震に備える」
千葉科学大学危機管理学部 危機管理システム学科准教授 藤本 一雄




 10月26日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第3回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部危機管理システム学科の藤本一雄准教授を講師に迎え、「首都圏で発生する大地震に備える」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。

●いつ起きてもおかしくない首都直下地震
 3月11日の東日本大震災では、銚子市にある千葉科学大学も津波の被害を受けました。当日私は大学におり、津波が来るということで他の教職員と共に近くの学校に避難して、一夜を過ごしました。幸い、銚子市は人的被害はなく、建物の浸水被害なども少なくて済みましたが、もしこの時、間違った判断や行動をしていたら、私自身、今ここでお話できる状況になかったかもしれません。今回、実際に地震や津波を経験したことで、災害が起きる前に十分な対策を考え、それを実行することが、いかに重要かを改めて認識することができました。
 M7クラスの首都直下地震は、今後30年以内に70%の確率で起きると言われています。多くの物や人が集まっている東京のような大都市で地震が起きれば、地震のエネルギー(マグニチュード)が比較的小さくても、甚大な被害が生じるでしょう。
 地震の被害は、発生場所や発生時刻、季節や天候など様々な条件で変わってきますが、東京湾北部を震源としたM7クラスの地震が起きた場合の国の被害想定では、最悪のケースとして、約85万棟の建物が全壊し、死者は1万1000人にのぼるとされています。また、経済被害も非常に大きく、内閣府の試算による経済被害総額は、約112兆円になるとされ、これは国家予算をはるかに上回る額となっています。
 自然災害を100%防ぐことは困難ですが、こうした被害をできるだけ少なくするために、今から予防的な対策を行っておくことが非常に重要だと思います。

●できる対策ではなく、すべき対策を
 それでは、具体的にどう備えたらいいのでしょうか。第一に、「できる対策」ではなく「するべき対策」を行うことが必要です。
 全国の10代から70代の男女約2000人を対象に、「耐震性を高める」「家具の転倒防止」「防災グッズの準備」「家族との連絡方法」など10項目をあげて、地震対策としてどれが重要かアンケート調査を行ったところ、耐震化や家具の固定、家族との連絡方法など、自分や家族の生命・財産を守る対策が重要と認識していることがわかりました。ところが、実際にどういった対策を行っているかといえば、「非常食や防災グッズの準備」などが多く、住宅の耐震化や家族との連絡方法などは後回しにされているのが現状のようです。
 自然災害を相手にした時、最優先しなければいけないのは、何と言っても人命です。経済的損失は何とか取り戻すことができたとしても、人命が失われてしまったら、その後の対策は何の意味もありません。そこで、一般のご家庭でも、まずは家の耐震化や家具の転倒防止をしっかりしていただきたいと思います。家具の転倒などで怪我をすれば、たとえば津波や火災が迫って来た時に逃げることができませんし、建物の倒壊によって道路が使えなくなれば、救急車や消防車が救出に向かえなくなる可能性もあります。
 耐震補強工事には、一般に100 〜150万円前後の費用がかかるため、どうしても躊躇しがちですが、近い将来必ず大きな地震が来ることを考えれば、今すぐにでもやっておくべきでしょう。幸い、多くの自治体で耐震診断や耐震改修工事の費用の一部を補助する制度を設けています。新しい耐震基準が施行された1981年以前に建てられた古い住宅や建築物の場合、耐震性が不十分なケースも多いので、こうした制度を利用して、積極的に耐震化を進めていただきたいと思います。

●自分の身は自分で守る意識を持とう
 「自分の身は自分で守る」という意識を持つことも重要です。災害時においては、よく「自助」「共助」「公助」の連携が必要だと言われます。「自助」は自分や家族の命や財産を守ること、「共助」は自分たちの住んでいる地域を自分たちで守ること、「公助」は国や県市町村などの自治体や防災機関などによる援助を受けることですが、この中で、防災の基本となるのが「自助」です。阪神大震災では、倒壊した建物などのガレキの中に閉じ込められた人の多くが、自力、あるいは家族、隣人、通行人によって救助されました。この事実からも、公的な防災機関に頼るだけではなく、一人ひとりが自分の命を守るための対策をしっかりやらなくてはいけないということがわかります。
 たとえば、緊急地震速報の際には、揺れが来るまでの数秒から十数秒の間にどう行動すればいいのか考えて、日頃から机の下に身を隠すなど、即座に動けるように訓練しておくと有効です。また首都直下地震では、住宅密集地で火災が起きる可能性が高いので、一人ひとりが初期消火をしっかりとしていただくことも大切です。
 今回の東日本大震災では、「想定外」という言葉がたびたび使われましたが、肝心なのは、地震が発生した時間帯や季節、天候など様々な状況を想定しておくことです。火災が迫ってきたらどこへ避難するのか、避難所で本当に冬を過ごせるのか、津波なのに逃げたくないと言って家族が部屋から出てこなかったらどうするのかなど、「いざ」という時パニックにならないように、状況に応じてどう行動するのか、日頃から考えていただきたいと思います。

●正しい行動より、協力的な行動を
 災害時には、正しい行動をとればいいかというと、必ずしもそうではありません。正しいとされる行動であっても、多くの人が同じ行動をとることで、悪い結果を招いてしまうことが多々あるからです。たとえば、電話での安否確認も、一人ひとりにとっては大事なことですが、みんなが一斉にやってしまうと、結果的に発信規制でつながりにくい状態になってしまいます。また、自宅から離れた場所に通勤や通学している場合、家族の安否が心配なあまり、一刻でも早く家に帰りたくなるものですが、こうした人が集まることで帰宅困難者の問題を招くことになってしまいます。
 首都直下地震が起きた場合、首都圏全体で650万人もの帰宅困難者が出ると予測されています。帰宅困難者は、単に家に帰れない人が大勢いるというだけでなく、人の流れが滞ることで警察や消防の車両が通行できなくなり、応急活動にも支障をきたし兼ねません。
  そこで、地震の発生した直後は、むやみに移動しようとせず、職場や学校に留まることが重要です。さらに、首都直下地震では、14万人もの負傷者が出ると予測されていますから、できれば職場や学校で救助に当たる側となり、共助に務めていただきたいと思います。
 

●過去から学び、今すぐ備えよう
 今回の震災では、津波の際に余裕があったにもかかわらず避難しなかった高齢者が数多くいたと言われています。実際、銚子市でもアンケートをとったところ、過去に津波を経験した人ほど避難していませんでした。災害で大きな被害を受けると、「今度は気をつけよう」ということになりますが、本当に大きな被害を受けないと、逆に「こんなものか」ということで行動を起こしにくくなってしまうのです。そこで、災害の際には、自分の経験を信じすぎず、客観的なデータなどから判断するということを覚えておくといいでしょう。
 今回の東日本大震災はもちろんですが、阪神淡路大震災や、古くは関東大震災、安政の江戸地震など過去の例や遠くで起きた災害の例も対岸の火事とせず、きちんと教訓を学びとることが大切です。過去にどういうことが起きていたのか、被災地でどんなことが起きたのか、それを学んで、ぜひ我が家、あるいは組織の対策に活かしていただきたいと願います。さらに、対策というのは一度考えて実行すれば終わりというものではありません。対策を計画し、実行してみて、何か問題点が見つかったら、それを改善する。こうした作業を繰り返し重ねていくことが何より重要です。
 災害はもう待ってはくれません。今日の講演ですべき対策がわかったら、すぐに行動に移していただければと思います。
 




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