危機管理学セミナー 「津波対策を考える 東日本大震災からの教訓」
千葉科学大学 危機管理学部准教授 戸田 和之




 10月22日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第2回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部准教授の戸田和之氏を講師に迎え、「津波対策を考える 東日本大震災からの教訓」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●無形の安心感を招いた防波堤の推進
 東日本大震災の津波による死者・行方不明者は、2万人近くにのぼり、過去最高の被害者数となってしまいました。防波堤や防潮堤の整備、津波予報の迅速化など、地震津波に関してはトップレベルの対策が進んでいたにも関わらず、なぜこれほど大きな被害を生んでしまったのか。震災から一年経った今、改めてその問題点を検証してみたいと思います。
 ご承知のように日本は北米プレートや太平洋プレートなど4つの大きなプレートの上に位置しています。そのためプレートの境界で起きる海溝型地震はもちろん、地震によって引き起こされる津波とも縁を切ることはできません。事実、日本は過去に何度も大きな地震津波を経験し、そのたびにさまざまな対策が考えられてきました。
 国レベルで本格的に津波対策に取り組むようになったのは、1933年の昭和三陸地震以降です。当時はもっとも有効な手段として高地移転が推進され、宮城県の15町村60集落、岩手県の18町村38集落が高台に移転しました。また、防潮林の建設の促進や三陸沿岸を対象とした津波予報も開始されました。高地移転や防潮林の建設は、経験に基づく津波防災対策として、現在でも通用する非常にすばらしいものだと思います。
 ところが、1960年のチリ地震津波をきっかけに、防波堤・防潮堤などの防災構造物による対策が重視されるようになりました。その大きな理由のひとつは、チリ地震津波の際、いくつかあった既存の防波堤がたまたま有効に機能したからです。折しも高度経済成長期で、事業費を惜しみなく使えたことも後押しとなり、大船渡に世界初の津波防波堤が築造されたのを皮切りに、沿岸各地に次々と港湾設備が設けられ、釜石には1200億円をかけた世界最大の津波防波堤が造られました。そして、1968年の十勝沖地震津波に際しては、こうした構造物が抜群の効果を発揮したのです。しかし、それは皮肉なことに、過去に何度も被害を受けて伝承されてきた津波への危機意識を「過去の話」として忘れさせ、住民に「防波堤・防潮堤さえあれば大丈夫」といった無形の安心感を与えることにもなったのです。

●未だ不完全な自治体の津波防災
 津波対策が再び見直されることになったのは、1993年の北海道南西沖地震です。このときの津波の高さは、最大で30mにも達しました。チリ地震津波を基準として造られた防波堤を簡単に超えてしまったため、構造物に頼った対策に限界があることを再認識させられたのです。そこで、これ以降は、数百年に一度の規模の大津波を想定し、構造物などのハード面ばかりを重視せず、科学技術を駆使した総合的津波防災対策へとシフトすることになりました。具体的には、海沿いに公園を造らない、人を居住させないといった安全性の向上、消防団や水防団等の自主組織の設置、津波予報をはじめとする情報伝達の充実、避難誘導路、避難ビルの整備、防災教育の推進などがビジョンとして示されました。
 では、今回の震災時点で、こうした指針に基づく各沿岸市町村の対策はどの程度進んでいたのでしょうか。たとえば、津波防災計画の策定状況ですが、全国では5割強、いつ津波が来てもおかしくない東北三県でも、7割以下でした。ハザードマップの整備状況も、全国の沿岸市町村の5割強しか整備されていませんし、防災訓練の実施状況にいたっては、半数しか実施していないのが現状です。
 対策がなかなか進まないのは、どこかに「防波堤があれば大丈夫だろう」という気持ちがあるからでしょう。もちろん、防波堤や防潮堤にまったく意味がないわけではありません。今回の震災でも、場所によっては防潮堤が破壊されることなく機能して、まったく被害が出なかった町もありました。ただし、過信は禁物です。肝心なのは、どんなに科学技術を駆使した設備があったとしても、それを超える津波が来る可能性があるのだという認識を持ち、さまざまな対策を講じておくことなのです。

●津波予報をうのみにしない
 ところで、津波予報については、現在地震発生から3分以内に第一報を出すことになっています。気象庁では、津波の可能性がある日本近海の地震による津波の高さなど、約10万通りの数値シミュレーションをデータベース化しており、地震の際、各地に設置した強震度計から送られてくる規模や震源の深さなどの情報と照らし合わせ、もっとも近い数値を割り出して速報に適用しています。
 津波予報のこれまでの的中率は66.7%とされています。しかし、今回の東日本大震災での津波予報第一報は、実際とはかけ離れた数値でした。予想される津波の高さは、「岩手県3m、福島県で3m、茨城県が2m」と発表され、これを聞いた多くの人が「3mなら大丈夫だろう」と安心した結果、避難が遅れて犠牲となったのです。結局、正しい更新情報を発表できたのは、地震発生から3時間後のことでした。
 なぜ、このようなことになったのでしょうか。実は、津波予報の第一報のベースとなる強震度計の値は、どんなに揺れても最大M8が限界で、それ以上の揺れには対応できません。つまり、現時点の技術では、M8〜9クラスの地震の場合、3分以内の第一報はまったく信用できないということです。揺れが大きいと感じたら、発表された情報の如何にかかわらず、大きな津波が来ることを予想して、すぐに避難することが大事です。
 ただし、情報に耳を傾けることは必要です。今回の震災でも、更新された正しい情報を聞いた人は、ある程度状況を把握して避難できたと言われているので、ワンセグ付きの携帯などを活用して、新しい情報は常に入手できるようにしておいてください。

●やるべき対策を今すぐやろう
 我々個人が津波から身を守るにはどうしたらいいのでしょうか。残念ながら、すべての人に共通する答えはありません。たとえば、一般に避難には自家用車は使ってはいけないと言われていますが、今回自家用車で非難して助かった人は大勢いました。また、学校にとどまった生徒が全員無事だったケースもあれば、逆に学校に残った生徒の多くが犠牲となったケースもあります。つまり最終的には、一人ひとりがその場の状況に応じて判断するしかないのです。そこで、非常時に迅速で正しい判断と行動ができるように、やらなければいけないことを今すぐ実行しておきましょう。
 まず地域特性を把握することが必要です。学校や職場、自分の家など自分がよくいる場所が、どんな災害に対して、どのくらいの危険度があるのか、また起こったらどうするかを考えておいてください。子供への事前教育も大切です。自ら命を守るため、とにかく「揺れたら早く逃げなさい」と言い聞かせておきましょう。家族同志で、どう連絡を取り合い、最終的にどこに集まるかなど決まり事を作っておくことも大事です。守るべきものは、まず自分の命です。大人も子供も自分の命が最優先。逃げる姿勢が人も逃がすと心得ておきましょう。
 今回の震災では、何よりも危機感がなかったことが大きな反省点です。災害の多くは、起こらないわけではなくて、起こるまでに時間がかかるだけなのだということを、肝に命じておいてほしいと思います。



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