危機管理学セミナー 「巨大地震災害を乗り切るための防災・危機管理の素養」
千葉科学大学 危機管理学部 藤本一雄




 7月10日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第1回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部の藤本一雄准教授を講師に迎え、「巨大地震災害を乗り切るための防災・危機管理の素養」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●懸念される南海トラフと首都直下の巨大地震
 東日本大震災後、大規模な地震が再び起きるのではないかという懸念が高まっています。そのひとつが「南海トラフ巨大地震」です。静岡県の駿河湾から九州東方沖に続くこの一帯では、過去100〜150年の周期で大規模な地震が起きています。前回の地震から70年が経過している今、いつ大地震が起きてもおかしくない時期に来ているのです。国の想定では、最大M9クラスが起きると予測されており、震度6弱以上の強い揺れや大津波によって、最悪の場合、建物被害は約238万棟、死者は約32万人、経済被害は約220兆円にのぼると想定されています。
 もうひとつ懸念されているのが、「首都直下地震」です。中でも、近い将来発生する確率が高いとされているのが、東京湾北部地震で、その規模はM7.3と予測されています。M7クラスと言えば地震の規模としてはやや小さくなりますが、人や物が密集する都市で起これば、極めて大きな被害となることは避けられないでしょう。
 今年5月、国は南海トラフ巨大地震について、「最悪のシナリオを考えた上で、命を守ることを最優先とした防災・減災対策を進める」とする方針をまとめました。
 では、予測されている最大クラスの地震に備えておけば、他にどのような地震が起きても自分の命を守ることができるのでしょうか。私はそうは思いません。確かに防災を考える上で、地震自体の被害想定を知っておくことは必要です。しかし、それ以上に大事なのは、自分にとって、また家族にとっての最悪の被災シナリオとは何なのかを具体的にイメージして、備えておくことなのです。

●情報を積極的に入手して災害への意識を高めておこう
 自然災害は、止めたくても人間の力ではどうすることもできません。となれば、それによる被害をいかに少なくするかが大事になってきます。そこで、まず知っておいていただきたいのが、"災害リテラシー"という考え方です。
 災害リテラシーとは、簡単に言えば、災害に関わる情報をきちんと入手し、基礎的な内容を知っておきましょうという心構えのことです。東日本大震災から2年半経った今、あれほどひどかった被災地の光景もいつしか忘れ、災害は自分とは関係ないことだと思い始めている人も多いのではないでしょうか。
 しかし、「敵を知り己を知らば、百戦殆うからず」という孫子の言葉のように、災害という敵があるのだという事実を認識しておかなくてはなりません。
 そこで、日頃から災害への意識を高めておくために、ハザードマップ(災害予測図)を活用していただきたいと思います。ハザードマップは、自然災害によって、どんな被害がその町で予想されるかを地図にしたものです。各市町村の行政窓口やホームページなどで入手できるので、一度ご自分の地域の災害予測を確認しておくといいでしょう。また、どの程度の揺れで、どんな被害が起きるのかといったことも知っておきましょう。たとえば、震度5強の揺れでは、建物被害はほとんど起きませんが、震度6弱になると急激に被害が出始めます。また、津波の場合は、2メートルで建物(木造家屋)の全壊に到ることがあります。
 ただし、ハザードマップはあくまでも目安でしかないということを忘れないでください。実際に地震が起こった時、予測とまったく同じ強さの揺れや被害が生じるとは限りません。ハザードマップ上の震度や津波の高さを過信せず、現実の災害は「想定を越える可能性がある」ということを、常に意識しておいていただきたいと思います。

●防災の目的を明確にして最悪の結果をイメージしよう
 被害をできるだけ少なくするためには、リスクマネジメントの考え方に基づいた取り組みも必要です。
 従来の防災では、国や自治体の被害想定を知った上で、必要と考える対策を実施することが多いように思います。しかし、「誰かが必要だと言ったから、とりあえずやっておこう」というあやふやな対策は、あまり有効とは言えません。
 そこで、まずは防災の目的を考えましょう。災害から誰を守りたいのか、何を守りたいのかをイメージして目的を絞り込み、何を最優先に行動すべきかを明確にしておくことが大事です。
 目的がはっきりしたら、次に具体的な対策を考えるわけですが、ここでもっとも肝心なのは、悪い結果をイメージすることです。
 災害とは、それまで当たり前だと思っていた日常の生活が立ち行かなくなり、悪い状態になることです。ですから、対策を講じる場合は、最悪の結果を意識的にイメージして、どうしたらそれを回避できるかを考えることが必要なのです。
 たとえば、今地震に襲われたとしましょう。自分や家族の命を守るのが目的なら、最悪の結果として、自分や家族が重傷を負ったとイメージします。重傷を負った原因は何かを問い、逃げ遅れたとか、火傷をしたと仮定してみましょう。では、なぜ逃げ遅れたのか、なぜ火傷したのかと突き詰めていくと、情報を入手できない、避難場所がわからない、消火器がないなど、次々に弱点が見えてきます。最悪のシナリオをイメージすることで浮き彫りになった課題を一人ひとりが解消していくこと、それこそが本当に有効な対策だと思います。さらに、一度講じた対策については、「これでよし」と安心せず、繰り返し評価し、見直し、必要に応じて改善していくことも大事です。

●臨機応変な対応と自助・共助を心がけよう
 このように、想定される災害に対しては、日頃から備えておくことが大前提ですが、それが実際にすべて通用するとは限りません。実際に地震に直面した時にもっとも大事なことは、今起きている状況を冷静に判断し、臨機応変に対応することです。そのためには、気象庁などから発表される情報を参考にして、想定を超えた事態かどうか比較してみることも必要です。また、状況判断する際は、より悪い事態に襲われることを意識するように心がけてください。たとえば、実際に地震が起きて、その後の報道などで、想定より近いところで起きた地震だとわかれば、津波の到達時間も早まると判断し、より早く避難できます。
 人間の気持ちは、とかく「大丈夫だろう」と良い方向へ向きがちです。通常であれば、それも悪いことではありませんが、災害時の「大丈夫」という心の作用は、命の危険にもつながり兼ねません。ですから、「もっと悪い状況が起きるかもしれない」と常に意識的に考え、それを避ける行動をとるようにしていただきたいと思います。
 いずれにせよ、防災の基本は、自分で自分の命を守ること=自助にあります。自分の命を最優先に考えた上で、まわりの人と協力しながら、近くにいる人を助けることも忘れないでください。
 災害の記憶は、残念ながら時間の経過とともに、風化していくのが現状です。しかし、南海トラフや首都直下巨大地震のみならず、この先も日本がある限り、災害はやってくるものです。地震災害を乗り切っていくためには、防災意識を高めることがいかに大事かということを、ぜひ身近な人に伝え、広げていただきたいと思います。



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