危機管理学セミナー 「20世紀における危機管理の歩み〜企業経営の観点から〜」
千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 淺原富士夫




 10月21日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第2回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部の淺原富士夫教授を講師に迎え、「20世紀における危機管理の歩み〜企業経営の観点から〜」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●20世紀に本格化した企業リスクマネジメント
 企業におけるリスクへの対処は、古代オリエントの昔から存在していましたが、「危機管理」という考え方が飛躍的に発展し、確立されたのは20世紀に入ってからのことです。日本におけるリスクマネジメントの先がけであり、日本リスクマネジメント学会を牽引してきた亀井利明関西大学名誉教授の研究では、「リスクマネジメントは、20世紀にビジネスマネジメントとして登場し、そこには5つのルーツがある」とされています。
 ここでは、5つのルーツとは何かを歴史的経過とともに見ていきたいと思います。
 1つ目は、1920年代の悪性インフレ下のドイツで登場した「リジコ・ポリティク=経営管理型リスクマネジメント」と呼ばれる経営政策論です。第一次世界大戦後、ドイツでは「かまどは紙幣で燃やした方が安上がり」と言われるほどのハイパーインフレーションに陥っていました。そうした状況の中で、いかにインフレに立ち向かい経営管理をしていくのか、企業防衛のシステムとして打ち出されたのが、この経営管理型リスクマネジメントでした。
 2つ目のルーツは、1929年の大恐慌後のアメリカにおいて登場した「保険管理型リスクマネジメント」です。これは、企業が生き延びるために、いかに保険を合理的に活用し、企業資産を守るかという考え方に基づいたリスクマネジメントの手法です。
 1920〜30年代にかけて、相次いで起きた経済の危機的状況を背景に、「科学的見地に立ったリスクマネジメントに本格的に取り組まなければ、企業は永続していかない」と気付いたドイツとアメリカ。それによって確立された2つの企業防衛のしくみが、今日のリスクマネジメントの出発点となったわけです。

●危機管理研究の契機となったキューバ危機
 3つ目のルーツは、1962年に米ソの冷戦下で起こったキューバ危機をきっかけに登場した「クライシスマネジメント=危機管理型マネジメント」です。キューバ危機は、キューバにミサイル基地を置いたソ連に対し、アメリカが基地の撤去を求めたことで核戦争勃発の危機を招いた事件ですが、実はこの出来事が、その後の危機管理の研究において非常に重要な契機となりました。
 クライシスマネジメントは、そもそも国家的な紛争に対してどう対処するかを中心に開発されたしくみですが、その後、石油危機や通貨危機、財政危機などの経済不安を初め、地震や風水害などの自然災害、大事故、凶悪犯罪といった社会不安にまで対象範囲が拡大されていきました。そして、企業でもこの考え方を導入し、企業リスクマネジメントの手法の1つとして確立してきたわけです。我が国の危機管理も、この「危機管理型リスクマネジメント」の発想を導入する形で練り上げられていきました。
 20世紀の後半になると、1970年代のオイルショックや1989〜91年の湾岸戦争、1995年の阪神淡路大震災といった様々な事態が起こり、企業を取り巻く環境はより不確実性を増していきます。こうした状況に対して登場したのが、4つ目のルーツである「経営戦略的リスクマネジメント」です。これは、労務、財政、生産、販売などの部門を統合的に効率よく管理する経営戦略です。
 さらに、1980年代以降には、ベンチャービジネスの起業・運営に伴うリスクへの対応として、「起業危機管理型リスクマネジメント」が登場しました。

●21世紀の経営者に求められる危機管理「ERM」と「BCP」
 では今、我々の時代の経営者に求められるリスクマネジメントとは、どのようなものでしょうか?
 実は21世紀初年の2001年に、アメリカの大企業エンロン社の不正会計が発覚し、1年も経たないうちに倒産に追い込まれるという事件が起こりました。その後も次々と有力企業の不正が明るみに出る中、米国全体のコーポレートガバナンスが問われることとなり、企業の不祥事に対する厳しい罰則を盛り込んだサーベンス・オクスレー法(通称SOX法)が制定されました。このSOX法に沿った形で企業改革を行なっていくことが21世紀の流れとなり、リスク管理においても、この流れに沿うシステムの構築が求められるようになったのです。
 その1つが、「ERM=全社的リスクマネジメント」です。ERMは、従来のように、担当部署ごとにリスクの軽減を図るのではなく、全体的にリスクを統合し管理していかなくてはならないという考え方に基づいたリスクマネジメントです。
 また「BCP=事業継続計画」も重要です。BCPは突発事故などが発生した際に、中核となる業務への影響を最小限に抑え、仮に中断しても、できるだけ早期に通常業務を復旧できるよう、事前に策定しておく行動計画です。不測の事態が起こった時、優先して継続すべき事業は何か、また、どの時点で復旧させるかといったことを見定めて、即座に対応できる施策や組織体制を構築しておくことは、21世紀の企業リスクマネジメントにおいて不可欠と言えるでしょう。
 社会科学は実験の効かない分野であり、基本的に歴史が理論の前提条件となっていますから、現在のリスクマネジメントが本当にうまく機能するかどうかは、今後、実際の歴史の中で検証していかなくてはなりません。しかし、ここまで見てきたように、20世紀という100年単位の時間の中で物事を考察していただけると、今の企業経営において必要とされる危機管理のあり方も、非常によく見えてくるのではないでしょうか。



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