首都圏を襲う地震・津波災害に対する防災・危機管理の素養
千葉科学大学危機管理学部 藤本一雄




 7月4日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 今回は、千葉科学大学危機管理学部の藤本一雄教授を講師に迎え、「首都圏を襲う地震・津波災害に対する防災・危機管理の素養」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●防災・減災意識を高めて事前に備えよう
 関東から四国、九州に続く南海トラフでは、今後30年間に70%という高い確率で、マグニチュード(M)9クラスの巨大地震が発生すると想定されています。M9と言えば、東日本大震災と同じ規模ですから、震度6弱以上の強い揺れはもちろん、太平洋側の広い範囲が津波に襲われ、極めて大きな被害をもたらすとされています。また、首都直下地震についても、南海トラフ地震と同様、高い確率で発生することが懸念されています。首都直下地震はM7クラスですから、地震の規模としてはやや小さくなりますが、人や物が密集する大都市では、建物の倒壊や火災により、多くの犠牲者が出ることは避けられません。
 一方で、現状約8割の建物の耐震化率を9割まで引き上げるだけで、揺れによる全壊棟数を約4割減とでき、津波に関しても、発災後全員がすぐに避難を開始し、津波避難ビルなどを活用した場合には、津波による死者数を現状の10分の1以下にできる可能性があるとされています。この試算を見ても、事前の対策がいかに有効であるかがおわかりいただけると思います。
 「予防に勝る防災なし」と言うように、迫り来る地震・津波による被害から命を守るためには、こうした国全体の被害想定を知るだけでなく、自分にとって、また家族にとって、どのような被害が起こり得るのか具体的にイメージし、日頃から備えておくことが重要です。

●防災の目的を明確にして最優先すべき対策を考えよう
 災害への備えと言うと、私たちはとかく思いつきで何かを始めがちです。特に東日本大震災以降は、「地震や津波が怖いから」あるいは「近所の人がやっているから」といった漠然とした理由で対策を考えた方も少なくないでしょう。しかし、単に「不安だから、とりあえず何かしておこう」という受身な思考は、長続きしないだけでなく、有効な対策にも結びつきません。
 事前対策=リスクマネジメントでは、まず、防災の目的を明確にすることからスタートします。もしも今、突然災害に襲われたとしましょう。そのとき、自分が「誰を、そして何を失ったら後悔するだろう」と想像してみてください。実は、東日本大震災で被災した方々の多くは、大切な人を亡くしたことを何よりも一番後悔しています。
 車で避難する途中に津波に襲われ、母親と長女を失った男性は、「これまでは、困ったといっても、何ヶ月か何年後かには解決した。しかし、今回は解決も何もできない」と語っています。他にも、避難誘導の際、自宅にいる妻に気付きながら、「逃げろ」のひと声をかけずに通り過ぎてしまった消防団員や、船を守るために家族を犠牲にしてしまった男性のケースなど、多くの被災者が「●●すればよかった」「●●しなければよかった」という思いに苦しみ続けているのです。しかし、いくら悔やんでも、失った命は戻ってきません。長引く後悔をしないためにも、災害から、誰を守りたいのか、何を守るのかを明確にし、そのために自分が最優先すべき対策は何かを考えてください。

●悪い結果をイメージして弱点を発見しよう
 自分の住まいや勤務先の地域では、どんな被害が起こり得るのか把握しておくことも大切です。各都道府県、市町村などで作成したハザードマップを活用して、どこがどんな揺れに襲われるのか、どの程度の規模の津波がいつ到達するのかなどをチェックしておきましょう。そして、目的が定まり、被害予測を確認したら、具体的な対策を考えます。
 対策を実施するに当たって、何より肝心なのは、悪い結果をイメージすることです。たとえば、家族の命を守るのが目的であれば、あえて「家族を亡くした」という最悪の結果を想定してみましょう。では、「なぜ命が失われたのか」と考えると、「逃げられずに津波に襲われた」という原因がわかってきます。さらに、逃げられない原因はなぜかと突き詰めていくと、家具の下敷きになった、情報が伝わらなかった、避難場所がわからなかったなど、様々な弱点が見えてきます。弱点が発見できれば、おのずと「すべき対策」もわかるというわけです。最悪のシナリオをイメージすることであぶり出された身の回りの課題をひとつひとつ解消していくことこそ、本当の意味での有効な対策と言えるのです。
 弱点発見のイメージトレーニングは、家族や近隣の方と一緒に行うと、一人では思い付かないリスクが浮き彫りになることもあるので、より効果です。さらに、そこからどういった対策を講じるかを話し合い、共有しておけば、「最悪のシナリオ」を回避することにつながるでしょう。

●いざ災害が起こったら臨機応変な対応を心がけよう
 では、実際に災害が起こったとき、私たちはどう行動すべきでしょうか。残念ながら、実際の災害では、平常時に確認したハザードマップ通りの揺れや津波が来るとは限りません。想定を上回った規模の揺れが襲う可能性はもちろん、火災は起こらないとされていた場所から火災が発生したり、倒壊しないはずの建物が倒壊することもあります。
 そこで、災害時には、どの程度の規模の災害なのか、今どのような状況なのかなどを冷静に見極め、臨機応変に対応することが求められます。そのためには、気象庁などから発表される地震や津波の規模などの情報を入手し、参考にすることは言うまでもありません。ただし、状況によっては正確な情報がすぐに確認できない場合もありますので、体感や周囲の様子から、震度レベルを自分自身で感じ取ることも大事です。たとえば、物が落ちる、家具が倒れるなどして、明らかに「いつもの揺れと違う」と感じたら、市町村が発表する避難勧告や避難指示がなくても、自分の判断で行動する「自助意識」を高めておきたいものです。
 情報が錯綜したり、揺れの程度によっては、避難すべきかどうか判断に迷うこともあるでしょう。やっかいなことに、人間は非常事態に際し、「自分は大丈夫」とか「津波はここまで来ないだろう」と、リスクを過小評価する心理的特性を持っています。この「正常性バイアス」という心理は、避難のタイミングを遅らせ、命の危険を招くことになり兼ねません。災害時には、意識して「何か悪いことが起きるかもしれない」という発想を基本に行動していただきたいと思います。
 また、日頃から防災訓練をしていても、災害時の混乱の中では予想もしないトラブルが起きるものです。パーフェクトを求めるのがほぼ不可能である以上、常に最悪の結果は何かを考え、それを回避できる方法を第一に選択することが大事であると、ぜひ心に留めておいてください。



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