東京の大地の成り立ちから自然災害を考える
千葉科学大学危機管理学部 植木岳雪




 7月16日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第1回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部の植木岳雪教授を講師に迎え、「東京の大地の成り立ちから自然災害を考える」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●大地の成り立ちを知って地震・地質災害に備えよう
 東京都心部で起こり得る自然災害としては、地震災害、地質災害、気象災害の3つがあげられます。たとえば地震災害では、揺れによって建物や道路の倒壊、ライフラインの損傷、エレベーターの閉じ込めのほか、液状化や地盤沈下などが起き、生活に大きな影響を及ぼすことが予測されます。また、何より懸念されるのが、大きな火災です。事実、大正時代に起きた関東大震災の際には、死者22万人のうち、20万人以上が火災で亡くなっています。近年では、阪神淡路大震災でも、火災により多くの人が亡くなりました。
 地震をはじめとする自然災害に対する対策を考える上で鍵となるのが、大地の成り立ちです。とりわけ地震・地質災害において、自分が暮らす場所が、どんな地形で、どんな地質や地層なのか知っておくことは、危機管理の基本と言えるでしょう。では、どうすれば、地形や地質を知ることができるのでしょうか?

●地形・地質を知るための三種の神器を覚えておこう
 地形や地質を調べるための三種の神器は、地形図、地質図、空中写真です。
 地形図はその名のとおり地形を精細に表したもので、等高線を読み解くことで、山や谷など地表の起伏の状態がよくわかります。とくに、古い時代の地形図は、家や工場といった建物が今より少ない分、地形そのものをはっきり確認することができます。
 地質図は地層を時代や種類によって色分けした地図で、地盤の善し悪しや地下の構造がどうなっているかがわかります。地質図は、その時代の学問の進歩やデータの精密度によって、随時変更されています。
 さらに、飛行機から地面を撮影した空中写真では、地形の状態がより詳細にわかります。空中写真は、ある程度読み取る能力は必要ですが、立体視(離れた位置から撮影された二枚の写真を立体的に見る方法)などをマスターすれば、地形図だけではわからないさまざまな情報を収集することができます。
 地形図や空中写真は、国土地理院のホームページからダウンロードできるので、ご自分の住まいや職場がある場所の地形、地質についてぜひ調べてみてください。

●2つの台地から成り立つ東京都心部
 では、実際に東京の大地がどのようにできているかを見ていきましょう。
 東京都心部(23区周辺)は、大きく2つの台地から成り立っています。1つは海が作った海成段丘と呼ばれる台地で、海沿いの湾岸エリアに広がっています。
 海成段丘は、気候の変化と海面の上下変化、地盤の隆起という3つの要素が組み合わさってできるものです。地球が暖かくなると陸上の氷が溶け出して、海面が高くなります。海沿いの崖は、海面の高い時期に波によって削られて、海中に平らな土地を作っていきます。その後、地球が寒くなると海の水は少なくなるので海面が下がり干上がりますが、その時期に地殻変動によって地面が隆起すると、再び地球が暖かくなって海面が上がっても、隆起した部分が水没せずに段丘となるのです。
 もう1つは、川が作る河成段丘で、多摩川と荒川の間に広がる武蔵野台地がこれに当たります。河成段丘も海成段丘と同様、気候の変化とそれに伴う水面の上下、土地の隆起の3つの要素で成り立ちます。川は、横方向(川岸)と下方向(川底)のどちらも削る侵食作用がありますが、地殻変動などによる土地の隆起や水量の変化で、川底を削る下刻作用が活発になると、深い谷を形成し、それが段丘となるのです。
 2つの台地が形成される一方で、隅田川、荒川周辺は、いわゆるゼロ地帯と言われる真っ平らな低地が広がっています。このように東京の大地は、海が作った高い台地と川が作った少し低い台地、その台地を刻む谷、さらには多摩川や荒川といった大きな川の周辺に広がる低地が入り組んで高低差があるのが特徴です。

●電車に乗って東京の地形を体感してみよう
 実は、起伏に富んだ東京の地形は、電車に乗ると非常によくわかります。電車は車と違って、坂を昇り降りできないので、一定の高さを走らせなくてはなりません。トンネルや切り割り、高架なども、地形に応じてスムースに電車を走らせるための工夫です。電車の車窓から景色を眺め、トンネルや切り割り、高架の変化から東京のデコボコ地形を体感してみましょう。
 たとえば、中央線のお茶の水から新宿に向かって行くと、市ヶ谷、四谷辺りには右手にずっと山が見え、たくさんの坂があるのがわかります。渋谷では、山の手線、銀座線、井の頭線などが高いところを走っています。これは、渋谷駅周辺が、渋谷川が作った深い谷となっていて、とても低い土地であることを示しています。東横線の中目黒が高架になっているのも、この辺りが低い平地になっているからです。逆に、学芸大、都立大付近は丘陵となっているので切り割りになっています。
 さらに、地層や地盤の善し悪しについても、日頃私たちが見慣れた都市の景色の中にヒントが隠されています。たとえば、新宿や池袋に高層ビルが多いのは、そこに硬い地盤があって建てやすいからです。一方、渋谷や東京駅周辺は、渋谷川や荒川、隅田川が作った深い谷があり軟弱な地盤のため、高層ビルが少ないのです。
 身近な生活の中においても、地形や地層について関心を持ち、ぜひ知識を深めていってほしいと思います。

●過去を知って現在・未来につなげよう
 ところで、「現在は過去の鍵である」という言葉がありますが、私はむしろ過去が現在の鍵となるのだと思っています。現在の状態を知るためには、過去のことを知らなければならないし、未来を予測するためにも、やはり過去を調べることが必要です。なぜなら、地球でこれまでに起きてきたことは、これからも起きるからです。では、過去はどこにあるかというと、地形や地層の中に隠されているのです。
「所変われば品変わる」と言うように、大地の成り立ちも場所によって異なります。地震などの災害の際、自分が住んでいる地域が安全なのか、またどの程度危険なのかを知りたければ、まずは自分の足下の大地がどのようにしてできたかを調べ、知識を得ることが大事だと思います。そこに海があり、山があることにも、橋やビルがあることにも、電車がどのように走っているかにも、必ず理由があるものです。楽しく学び、そこから得た知識を他の人に伝えるとともに、東京の将来を考えて行動する糧にしてほしいと願っています。



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