「だいじょうぶキャンペーン」危機管理学セミナー
「ウイルスと感染…人畜共通感染症とその脅威」
千葉科学大学薬学部 応用薬理学 森 雅博 准教授




 10月13日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 今回は、千葉科学大学薬学部の森雅博准教授を講師に迎え、「ウイルスと感染…人畜共通感染症とその脅威」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●ウイルスは生物に感染して増殖する
 ウイルスを病原体とする感染症は、周期的にアウトブレイク(大流行)を起こします。この十数年を見ても、鳥インフルエンザやSARS、豚インフルエンザなどが世界的に大流行し、一時はパニックになりました。人には感染しませんが、日本で19年ぶりに牛の口蹄疫が流行したのも記憶に新しいところです。こうした感染症の危機管理には、一般の方々が正しい知識を持つことが大変有意義です。そこで、最初にウイルスの特性や感染のメカニズムについて簡単にお話しておきたいと思います。
 ウイルスは、1ミリの10000分の1という非常に小さな粒子です。ウイルス自身は単独では生きられず、他の生物に感染して増殖していくのが大きな特徴です。ウイルスは、感染するとその生物の細胞に吸着して細胞内に侵入します。侵入したウイルスは、細胞の核に遺伝物質を送り込んで子供を増やし、最終的に自分のコピーを作って細胞から放出します。放出された新しいウイルスは、別の細胞へと次々に感染を繰り返しながら、急速に数を増やしていくのです。
 一方、宿主となった生物の細胞は、ウイルスが放出した後に崩壊し、そこから病気を発症します。たとえば、B型肝炎という病気は、ウイルスが肝臓で増殖することで肝臓の細胞が壊死してしまい、その結果さまざまな症状が引き起こされます。厄介なことに、ウイルス感染症は、細菌による感染症と違って抗生剤が効きません。また、細菌は感染する動物を選びませんが、ウイルスは、種類によって感染する相手を選ぶのも特徴です。ですから、人に感染するウイルスが、他の動物に感染しないというケースもあれば、逆に動物だけに感染し、人には感染しないというケースもあるのです。

●インフルエンザは変異が得意
 ところが、1997年に香港で発生した鳥インフルエンザは、本来、ニワトリにしかうつらないはずのウイルスが、人に感染したことから大騒ぎになりました。また、昨年メキシコに端を発した豚インフルエンザも、もともとは豚に感染する遺伝子系のウイルスが、やはり人に感染してしまいました。どうしてそんなことが起きたのか、遺伝子解析を行って調べてみると、この豚インフルエンザは、人型、鳥型、豚型という3種類のインフルエンザウイルスの遺伝子をミックスして持っていることが判明しました。ある特定の動物の体内で遺伝子が混ざり合い、新型のウイルスが生まれたのです。
 ウイルス感染症の治療には、抗ウイルス薬が使われますが、これはすべてのウイルスに万能ではありません。遺伝子が変化すれば、効くべき薬も効かなくなってしまいます。実際、インフルエンザ治療薬「タミフル」も、新型の豚インフルエンザには効果がなかったため、みるみるうちに感染が拡大してしまいました。
 インフルエンザウイルスは、遺伝子の構造上、組み合わせが変わりやすく、変異しやすいという特性を持っています。そのため、一度変異型のウイルスができると薬に強いものが淘汰されて、元のウイルスと入れ替わり、宿主の体内でウイルスの交代現象のようなことが起きると考えられます。ウイルスは我々より下等な生物ですが、変異によって進化します。しかも、我々が進化するスピードより、はるかに早いから厄介です。
 変異が得意なインフルエンザウイルスに対しては、日頃から一人ひとりの防疫意識を高めておくことが非常に重要です。

●予防が難しい人畜共通感染症
 近年、新型の鳥や豚インフルエンザをはじめ、SARSやエボラ出血熱など、人と動物の双方に感染する感染症が増えています。人畜共通感染症の場合、人を治療してウイルスを駆逐できても、動物がウイルスを保持している限り、いつまた我々の体の中に侵入してくるかわかりません。その点で、人畜共通感染症は、予防することが非常に難しい感染症と言えるでしょう。
 感染した動物に関しては、死体を焼却するか、消石灰をかけて土に埋めて、とにかく病原性を減らさなければなりません。また、生きていても屠殺が必要です。ウイルスは、動物の糞便の中はもちろん、死体の中でも生きているので、そのままにしておけば、何らかの形で飛沫して、感染が拡大する危険性があるからです。一方、交通が発達した現代は、車や飛行機で人間がウイルスを媒介することも考えられるので、感染地域の交通を遮断して、車や航空機などはもちろん、人の靴底に至るまで徹底的に消毒を行うことも必要です。
 ところで、最近問題となっている人畜共通感染症のひとつにE型肝炎という病気があります。E型肝炎は、かつては衛生状態の良くない発展途上国に見られる感染症でしたが、近年、日本でも鹿やいのししの肉、豚レバーなどを十分に加熱せずに食べて感染するケースが増えています。実は、鹿やいのししは、E型肝炎を発症しているわけではなく、ウイルスを保持しているだけの「キャリア」です。ところが、人間の体内に入ると肝臓に住み着いて、劇症肝炎などを引き起こし、重篤な場合は死に至ることもあります。
 このように、人畜共通感染症の中には、食肉などによって感染するたちの悪いウイルスもあることを認識し、十分に注意することが大切です。

●人ごみを避けてウイルスから身を守ろう
 我々は今後、感染症の脅威からどのようにして身を守ったらいいのでしょうか。
 まずは、不要な人的接触を避けることがもっとも大切です。映画館やコンサートなど人ごみに外出するのはできるだけ避けましょう。実際、当大学でも昨年、新型インフルエンザが流行った時期にコンサートに行って、ウイルスを持って来た学生がいました。飛沫感染するウイルスに関しては、人的接触を避けて感染する機会を減らすことが何より重要です。
 家庭では、誰でも簡単に調理できるような食料や医薬品、マスクなどを備蓄しておくと安心です。企業では、連絡網の設置や自家発電などのライフラインを確保しておく必要があるでしょう。パニックを防止するために情報統制も必要です。情報があふれる現代は、不要なデマも流れやすいので、メディアや防災無線、自治体を通じて正しい情報を広める努力が欠かせません。病院の対応としては、初期感染の患者を適切に隔離することが、その後の感染拡大を防ぐ意味でも非常に重要です。
 ところで、皆さんの中には、「医者ばかりが優先的にワクチンを打つのは不公平だ」と思っている方もいると思いますが、医者がウイルスに感染してキャリアになると治療する患者さんが皆病気になってしまいます。二次感染を防ぐためにも、医療従事者はワクチンを接種しておくことが大事なのです。
 この他、感染拡大を防ぐために、検疫の強化や交通制限も当然行わなければなりませんが、いずれにせよ、「早めの適切な判断と勇気ある行動が命を守る」ということをぜひ覚えておいていただきたいと思います。



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