危機管理学セミナー 「身近な火災危険とその予防」
千葉科学大学 危機管理学部教授 高 黎静




 7月10日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第1回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部教授の高黎静氏を講師に迎え、「身近な火災危険とその予防」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●火災の半数以上は住宅火災
 消防法では、(1)人の意図に反して発生拡大、または放火により発生する。(2)消火の必要性がある燃焼現象。(3)消火施設またはこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする、という3つの条件を満たすものを火災としています。それでは、実際にどのくらい火災が起きているのでしょうか。
 総務省消防庁の消防白書による過去5年間の概要統計では、毎年、約6万件ほど火災が発生し、少なくとも1600人以上が死亡しています。ちなみに、昨年の1月から9月のデータだけを見ても、約3万7000件の火災が発生し、1248人の死者、5222人の負傷者が出ています。これを一日当たりにするとおよそ136件、さらに時間に換算すると10分に1件の割合で出火していることになるのです。
 火災は、燃えている対象物によって、建物火災、林野火災、車両火災、船舶火災、航空機火災などに分類されますが、日本の火災の半数以上は建物火災です。建物火災の中でも特に多いのが一般の住宅火災で、死亡者数もトップを占めています。また、火災による死者数を年齢別に見ると、65歳以上の高齢者が多く、全体の6割を占めています。これは、高齢になるに従って、判断力や身体機能が衰えて、逃げ遅れるケースが多いからだと考えられます。
 住宅火災の原因の第一位は放火・放火の疑いですが、次いで多いのが、たばこの不始末やコンロの火の消し忘れなどの失火です。
 こうした火災の発生とその被害を軽減するためには、火災について正しい知識を身につけるとともに、住宅防火対策を十分に行うことが必要です。

●火災で本当に怖いのは煙
 火災から身を守るためには、何よりも煙について知っておくことが重要です。ものが燃えると、二酸化炭素や一酸化炭素をはじめとする様々な有毒ガスが発生します。火災での死因=焼死というイメージがありますが、実際には煙を吸い込んだことによる一酸化中毒や窒息で命を失うケースが大半を占めています。火災でもっとも怖いのは、炎よりも、有毒ガスを含んだ煙なのです。
 煙は熱によって空気より軽くなり上昇し始め、天井に突き当たると今度は横に広がっていきます。天井に向かって上昇する煙のスピードは、人の歩行速度よりはるかに早く、毎秒3〜4mとされています。一般家庭の住宅の天井は、せいぜい2m30cm、高くても2m50cm程度ですから、煙はあっと言う間に室内に充満してしまうのです。煙が広がれば、視界がきかなくなり、避難に時間がかかるばかりか、煙を吸い込んで意識を失い、短時間で死に至る危険性が高くなります。
 皆さんもよくご存知のホテルニュージャパンの大火災では、33人の死者が出ましたが、この時の死因の多くは一酸化炭素中毒によるものでした。出火原因は、イギリス人宿泊者の寝煙草でしたが、警備員が煙が出ているのを発見したにもかかわらず、宿泊客にすぐに避難を促さなかったために、多くの犠牲者を出す結果となったのです。また、近年では、新宿歌舞伎町のビル火災でも、44名の死者を出す大惨事となりました。この火災の後、消防研究所が実物大の建物を作って、燃焼実験を行いました。私もその時の実験ビデオを見ましたが、煙がみるみるうちに広がっていく様子から、火災の煙がいかに恐ろしいかを改めて実感させられました。火災に遭遇した場合、いかに煙を吸い込まないようにするかが生死を分けると言っても過言ではありません。避難の際には、できるだけ姿勢を低くして、必ず濡らしたハンカチやタオルなどを鼻と口に当て、呼吸を止めて逃げるようにしてください。タオルなどがない場合は、衣服の袖で覆うだけでも効果的です。

●消火よりも命を優先して
 火災は発見してから、最初の3分間が勝負といわれます。万が一火が出たら、燃え広がらないうちに消火することが肝心です。火災は水で消火するというイメージが強いと思いますが、特に油の火災の場合は、水をかけると逆に危険ですから、消火器や濡らしたタオルなどをかけて消火してください。いざという時に慌てないよう、消火器はすぐに取り出せる場所に設置して、使い方を習得しておくことも大事です。
 消火の際に注意していただきたいのは、逃げるタイミングを見極めることです。一般に初期消火ができるのは、火が天井に届くまでとされています。火が天井に届いたら、個人の力で消火するのは無理ですから、何よりも自分の命を守ることを優先させましょう。
 火の大小にかかわらず、すぐに119番に通報することも重要です。よく初期消火が先か、119番が先かと言われますが、これはケースバイケースです。現在は、携帯電話が普及しているので、一人で消火しながら119番することも可能ですし、周囲に協力者がいる場合は、一人が消火を行い、別の人が通報するという方法もあります。また、必ず「火事だ!」と大声を出し、早く家族や近所の人に知らせることも忘れてはいけません。恥ずかしいとか、他人に迷惑がかかるからと躊躇したりせず、とにかく声を出し、周囲に協力を求めるよう心がけましょう。
 どんな場所にいても、自分の命は自分で守るという意識をもって行動することも大切です。旅行や出張先のホテルなどでは、必ず自分の部屋の一番近い非常階段がどこにあるのかチェックしてください。火災に巻き込まれた時、煙で視界が遮られても、迷わず避難できるように、自分の部屋からどのルートで逃げるのが早いのか、何歩で非常口まで着くのかなど、実際に歩いて確認しておくといいでしょう。

●身近な危険物の取り扱いに注意
 ところで、昨年の東日本大震災の際には、各所で大規模な火災が発生しました。この中には、津波で流された車のガソリンや、住宅用LPGガスボンベ、灯油などへの着火が原因で起きた火災も数多くありました。ガソリンや灯油、軽油などの燃料は、私たちの生活に欠かせないとても身近なものですが、扱い方によっては思わぬ事故を引き起こす「危険物」でもあるのです。実際、危険物の間違った取り扱いが原因で、毎年のように数多くの火災事故が起こっています。災害時の危険物の取り扱いには、特に注意が必要ですが、日頃からこうした「危険物」に対する正しい知識を持ち、安全対策を講じておくこと、さらにそれを周囲の人と共有しておくことが、いざという時に私たちの命を守ることにつながります。
 たとえば、ガソリンは、気温マイナス40℃くらいでも、小さな火を近づければ爆発的に燃焼します。コンセントの抜き差しで起きる小さな火花や静電気でも容易に引火し、いったん出火すると大規模な火災となる危険性が高いのが特徴です。ガソリンスタンドは、言わば爆弾の倉庫のようなもの。最近増えているセルフのガソリンスタンドで給油する際は、給油前に必ず静電気のカットを行いましょう。また、ガソリンが吹きこぼれないように、給油ノズルを給油口の奥までしっかり差し込んで給油するようにしてください。
 今回の震災の際には、ガソリンの供給不足から買いだめもした人も少なくありませんでした。しかし、ガソリンを灯油用の容器などに入れて持ち帰り、自宅に保管するのは大変危険な行為ですから、絶対にやめましょう。灯油や軽油についても、大量に保管すると火災の危険性が高まるので、買いだめは極力避けてほしいものです。
 なお、インターネットの「防災・危機管理 eーカレッジ」では、火災をはじめとする様々な防災知識を学ぶことができるので、ぜひ活用してみてください。



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