大雪発生のメカニズムと対策
千葉科学大学危機管理学部 縫村崇行




 10月8日、企業や自治体、大学、地域住民が一体となって、安心・安全なまちづくりに取り組む「だいじょうぶキャンペーン」の一環として、危機管理学セミナーが行われました。
 第2回目の今回は、千葉科学大学危機管理学部の縫村崇行助教を講師に迎え、「大雪発生のメカニズムと対策」をテーマにご講演いただきました。ここでは、その一部をご紹介します。
●雪の少ない地域でも雪害と無縁ではない
 日本列島の降雪は非常に地域差があり、雪の多い都道府県のほとんどは、北陸、東北、北海道にかけての日本海側沿岸に集中しています。こうした地方の豪雪地帯では、積雪による家屋の損壊や交通障害、除雪作業中の事故、雪崩といった雪害が数多く発生しています。中でも、近年増加傾向にあるのが、屋根の雪下ろし中に足を滑らせる転落事故です。住民の高齢化が進む反面、雪下ろし作業を担えるような若い人材が不足し、高齢者が作業せざるを得ないという実情が、こうした転落事故増加の要因と考えられています。また、積雪による交通障害も非常に問題となっています。北海道では昨年3月、猛吹雪の中で車が立ち往生し、避難しようとした親子が雪に埋まり、娘をかばって父親が亡くなるという痛ましい事故もありました。
 一方、関東平野南部では、基本的に雪は少なく、雪下ろしが必要なほどの積雪もなければ、雪崩も起きません。しかし、日頃雪が少ない地域であっても、雪害は決して他人事ではありません。特に、東京、千葉、神奈川などの都市部では、豪雪地帯に比べると雪に不慣れな分、わずかな積雪でもより大きな影響が出ると考えられるからです。
 今年2月に発生したいわゆる「平成26年豪雪」は、まさにその典型的な例でしょう。関東甲信越地方を中心に、2月7〜8日、さらにはその一週間後の14〜16日にかけての2週連続で、例年にない大雪に見舞われたのは記憶に新しいところです。

●生活全般に支障をきたす都市部の大雪災害
 今回の大雪で最深積雪が最も大きかったのは甲府市で、過去の記録を大幅に上回る114cmを観測しました。甲府はアルプスなどに囲まれた山間地で、雪が多いというイメージを持つ方が少なくないと思いますが、実は降雪量は非常に少なく、平年値(1981年〜2010年までの30年間の平均積雪量)は、たったの8cmです。また、関東地方では、千葉市で過去最大となる33cmの最深積雪が観測されました。千葉市も平年値は3cmですから、通常の積雪量をはるかに超えていたことが分かります。
 雪の少ない都市部で大雪になった場合、もっとも問題となるのが交通障害です。実際、今回の大雪では、空の便の欠航をはじめ、鉄道、バスの運転見合わせやダイヤの大幅な遅れが生じたほか、高速道路が通行止めになるなど、交通網は大混乱に陥りました。交通の麻痺は、同時に食料品をはじめとする生活必需品の輸送にも支障をきたし、コンビニやスーパーの商品が品薄になるといった事態も招きました。さらに、東北や関東の広い範囲で停電が起き、関東では栃木県を中心にピーク時で10万件近くが停電するなど、ライフラインにも大きな影響が出ました。
 自治体の除雪対策や防災計画が整備され、住民レベルでも日頃から積雪に対して備えのある日本海側の豪雪地帯であれば、同じ積雪量でも、ここまでの混乱はなかったかもしれません。平成26年豪雪は、まさに雪に不慣れな関東甲信越地方における都市の脆弱さを浮き彫りにしたと言えるでしょう。

●ブロッキング高気圧が記録的大雪の一因
 通常は雪の少ない関東平野南部で、なぜこれほど記録的な大雪になったのでしょうか。それを解くキーワードとなるのが、「南岸低気圧」です。
 南岸低気圧は、八丈島付近を発達しながら、東に抜ける低気圧のことで、関東地方では、この南岸低気圧の発生時に降雪が起きやすくなります。南岸低気圧型の気圧配置が生じると、東北付近で発達した北東気流が関東平野に寒気となって流れ込みます。それが、関東平野で急激な気温の低下を招き雪となるのです。ただし、通常の南岸低気圧なら、これほどまでの積雪にはならなかったでしょう。今回は、南岸低気圧の東側に「ブロッキング高気圧」と呼ばれる背の高い高気圧が発生しました。このブロッキング高気圧によって、低気圧の進行が妨害され、関東平野の上空に長時間留まったことで記録的な大雪となったわけです。さらに、ブロッキング高気圧の発生については、偏西風の動きが影響していると考えられます。偏西風は、南北に蛇行して流れていますが、その蛇行の振り幅が通常より大きくなると各地に異常気象を招くことが分かっています。今回のブロッキング高気圧も、偏西風が南に大きく蛇行したことにより発生したものです。

●大雪を想定し個人レベルの対応をイメージしよう
 それでは、こうした大雪災害に対して私たちはどう対応すればいいのでしょうか。幸いなことに、大雪のような気象現象は、噴火や地震といった地層現象に比べると、予測しやいというメリットがあります。科学の発達やレーダーなどの開発によって、現在は大気の状態や気圧の変化などについて様々な角度から観測できるため、事前の対策が立てやすく、大雪の被害のリスクを減らすことは十分に可能なのです。今後は、これまで雪の少なかった関東地方の都市部でも、気象条件よっては大雪に見舞われることを想定し、個人レベルでも「どう対応するか」、イメージしておくことが大切です。たとえば、自治体からの注意情報を確認する、時間に余裕をもって早目に行動する、靴底が滑るものは避ける、車はスノータイヤなどを装着して慎重に運転する、生活必需品を備蓄しておくといったことを心がけていただきたいと思います。
 大雪に関する注意報や警報については、気象庁による発表基準が設けられています。「注意報」は、大雪により災害が発生するおそれがあると予想したとき、「警報」は、大雪により重大な災害が発生するおそれがあると予想したとき、「特別警報」は、数十年に一度の降雪量となる大雪が予想される場合とされていますが、実際にどの時点で発表するかは、各自治体の判断に委ねられています。たとえば、同じ30cmの積雪でも、降雪量が多い豪雪地帯では普段とあまり変わりないと判断されるかもしれませんが、平年値3cmの千葉市では大雪と判断して注意報が発表される可能性があるわけです。
 大雪に限ったことではありませんが、こうした警報や注意報を発表するタイミングについては、難しい判断を迫られます。従来、市区町村は、大した被害がなかった場合に、住民の災害に対する危機感や勧告に対する対応の低下を恐れて、警報や注意報の発令をためらう傾向がありました。しかし、台風26号の際、伊豆大島では、記録的な大雨となったにもかかわらず、特別警報が出されなかったために、土砂災害によって多くの方が犠牲となりました。災害による被害を最小限にくい止めるために、今後各自治体は、この教訓をふまえて、大雪に関しても空振りのデメリットを恐れず、早目に警報を発令することが求められています。



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